おっとどっこい生きている
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「みどりー!」
「みどりちゃーん!」
「秋野部長!」
 奈々花達がやってきた。

「奈々花……美和……今日子……友子……みんな!」
 私は感極まってひし!と彼女達を抱き締めた。嬉しい! やっぱり来てくれると嬉しい! 私の大事な仲間達。
「やっぱりね、来ちゃった」
 と、美和。私はうんうん、と頷く。
「嬉しいわ! ありがとう!」
 私もはしゃいじゃってろくでなしの仲間入りかしら。関係ないけど、越路吹雪の歌う『ろくでなし』は私の好きな曲よ。――気が済むと私は友人達を放した。
「私もいるんだけどな」
「村沢先生」
「うふっ。面白そうだから来ちゃった」
 面白そうって……せっかくシリアスな場面なのに。
「秋野!」
 麻生先輩が呼んだ。
「アンタ、いいダチ持ってんじゃねぇか!」
「ありがとう! 麻生先輩はいい男になったね!」
 美和が叫ぶ。
「おう!」
「当たり前でしょ。私の彼氏なんだから」
 冬美が腰に手を当てる。
「ば……今の若僧達はなんちゅう罰当たりもんじゃ」
「全てヤソがいけないんじゃ」
 八百政さんとお婆さんがひそひそ声で話すのが耳に入った。別段キリスト教のせいというわけではないんだろうけどな……。むしろクリスチャンの人の方が色恋沙汰に関しては折り目正しい人が多い。哲郎を始め。
 それに、麻生先輩と冬美なんて可愛いもんじゃない。アメリカではハイスクールに託児室があるんだから!
 ガラッ、と教室の扉が開く。私は驚いた。意外な人物だったから。
「将人!」
 将人は他の人間には目もくれないで真っ直ぐ私の元へ来た。そして――私を思い切り抱き締めた! 瞬間、起きた竜巻のような大騒ぎも耳に入らなかった。
「なっ……!」
「みどり!」
 何でそこで私の名前を呼ぶわけ? いつもは『秋野』と呼ぶのに……。
 ああ、私、ろくでなしの罰あたりだわ……。
 でも、この痺れるような感覚を味わえるなら、ろくでなしだろうが罰あたりだろうが構わないわ!
 人の目を気にすることはとっくの昔にやめてしまったもの。
 汗臭さも体臭も、将人のだったら心地いい。今まで剣道の稽古でもやっていたんだろうか。将人も真面目だから……。
 それにしても、将人はどうして来たんだろう……わざわざ。
「将人……あの……」
「あ、ごめん」
 と言って、将人は私から離れた。
「麻生くん!」
「んだよ、桐生」
 あ、桐生というのは将人の苗字ね。ちょっと一瞬、誰のことかと思っちゃった。麻生先輩は不貞腐れている。
「秋野を取られると思ったのか? この俺に」
「その通りだ!」
「へ?」
 麻生先輩は間の抜けた声を出した。
「みどり、どうして麻生くんにそんなに親身になるんだい?! だから彼と君が関係あるように書かれるんだ!」
 えっ?! えええええっ?! 麻生先輩と私が?! 冗談じゃないわよ! 彼には冬美さんと言うれっきとした彼女がいるんだから。
「秋野を取り合って俺負けたじゃねぇか――何でそんなにこだわるんだよ。わけわかんねぇ」
「まだ諦めてないんじゃないかい」
「そんなに前の恋を引きずるほど飢えちゃいねぇし、俺には冬美がいる」
「そうよ。桐生先輩、ちょっと考え過ぎじゃない?」
 私もこの点では冬美に賛成してしまう。将人……私が将人みたいな極上の男に恋されてるのに、他の男に目が向くわけないじゃない。
 don't you see! ――あなた、わかってよ! ZARDの歌じゃないけどさ(坂井泉水さん、ご冥福をお祈りします)。
「ほう。ヤソの女もいっちょ前に恋するんだな」
 八百政がニタニタ笑う。イヤらしい。
「秋野みどりはクリスチャンではないぞ。誤解するのも大概にしな」
 ――わだぬき!
「それに桐生。秋野は浮気なんかしない。この男、と決めたら一生そいつについていく古風な女なんだ。今時のプレイガールと一緒にしてはいけない」
 何でわだぬきが私の味方するの。
「俺にはわかる。何故ならな――俺は秋野に惚れてるからだ!」
 ――白状する。この時、私はわだぬきがちょっとかっこいいと思ってしまった。厚底の眼鏡の奥で、きらりと油断のならない目が光る。パチパチと拍手する生徒もいる。
「ほう。ヤソの女の取り合いか」
 だから、私はクリスチャンではないって、さっきわだぬきが言ったでしょうが! 人の話聞いてるのかしら。八百政さんは!
「僕も混ぜてください! 僕はみどりくんとクリスチャンホームを築くのが夢なんですから!」
 哲郎! アンタ奈々花はどうするのよ!
 奈々花の方に目を向ける。彼女は青褪めた顔して立っていた。
 なんだっつーのよ、もう!
「すっげー! 秋野! モテるじゃん!」
 どっかの馬鹿な男子が囃したてた。名前までは知らない。
「おい、秋野、いい加減に騒ぎに収集つけろよ! これじゃこの学校の表サイトにまで影響してくるぞ!」
 わかってるわよ! リョウ!
「ああ、いいわねぇ。私もこんなにモテたかったわ」
 ――と、村沢先生。ちょっとズレてる。こんなに天然だとは思わなかった。
「いいこと、私はね――」
 瞬間、教室中がしんとなった。口笛を吹いた男子が女子に睨まれる。
「私が好きなのは、あくまで桐生先輩よ!」
「みどり……」
 わああああっ!と喧騒が戻った。
「おい、桐生やったな!」
「おまえいーっつも秋野のこと心配してたもんな。『彼女はいい子だから、俺なんかにはふさわしくないんじゃないか』とな」
 将人の友達(悪友?)が彼の首っ玉に齧りつく。
「おい、綿貫。しっかり録っといただろうな、秋野の肉声を」
「……ちゃんと録っておいてあります。失恋したのは残念だけど、これも記事を書く為の肥やし……」
 うーん、わだぬきはちゃっかりしてるなぁ。それもポーズかもしれないけれど。
 確かに十七年間生きてきて、こんなにモテたのは初めてだわ……。でも、哲郎もわだぬきも、勿論麻生先輩のことも、私は恋人として見ることができないのよ。
 私の初恋は将人よ。初恋は実らないって言うけどね。私は幸せなのかもしれない。初恋で両思いになるなんて。
 けれど、将人が私と同じ心配をしてたなんて……。私、そんなにいい女じゃないのにさ。貧乳だし。将人は美和がいつだったか言っていた『ちっぱい星人』なのかしら。
 そうだったら、ちょっとだけど嬉しい……。
「はーい。今の秋野の情報を新聞部のアイドル、鷺坂リョウクンがお届けしまーす。あ、秋野サン、少し照れてらっしゃいますね?」
「あ、そ、そりゃ……あんなこと言った後だし」
「桐生先輩、秋野と結婚したいですか?」
「はい。結婚のことも考えています。彼女は料理も上手ですし」
「うんうん。良妻賢母になりそうですね。もっとも、えみりサンの方がいい女ですがね」
「えみりって誰だ?」――先程の話の時その場に居合わせなかった生徒Aが尋ねた。
「小林えみりのことだ。今は渡辺雄也という卒業生と結婚して、渡辺えみりになっているが」
 松下先生の言葉が朗々と響いた。
「渡辺雄也って……あの渡辺雄也っすか?」――今度は生徒B。
「そう。あの渡辺雄也だ。彼と同じ卒業生の中には、知ってる者もいるだろう。渡辺雄也と小林えみり。卒業式の日に『俺達結婚します』と全校生徒の前で発表した二人のことを。その後、彼らは本当に結婚式を挙げてしまった」

2013.2.27


おっとどっこい生きている 139
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