おっとどっこい生きている 私はつい大声を張り上げてしまった。 エッケ・オモ! 茨の冠を被せられたイエス・キリストは死と迫害に打ち勝ったのよ! 「ど……どうしたんだい? みどりくん」 哲郎が私の勢いでずれた眼鏡を直した。 あ……あらやだ、私ったら。哲郎の狂信的なところがうつったのかしら。 そうでなくても、唐突に何か思いついてしまうところが私にはあるのに。だから、自分ではあまり論理的じゃない方だと思っている。 「素晴らしい! 素晴らしいよ、みどりくん! そうだよね! イエス様の受けた迫害に比べれば、僕達の受けた迫害なんて微々たるものだよね!」 いや、迫害を実際に受けることになるのは麻生牧師だと思うけど。それと麻生清彦もね。 「我々はキリスト教迫害に断固反対していくぞ、おー!」 「おー!」 私も何となく哲郎に合わせてみる。 八百政さんとか、麻生達をなんだかんだ言う奴らに負けるもんか! 「あのー、静かにしてくれない?」 えみりがいつの間にか来ていた。 「あ、ごめん。私達うるさかった?」 「うん、ちょっとね」 えみりは正直だ。 「あの……夜の話し合いのことで盛り上がってた訳なの」 「ふうん。まぁいいけど。麻生達に宜しく言っといて。でもさぁ、みどり――アンタがいないとパーティーが寂しくなるわね」 「こっちはパーティーどころじゃないんだけど」 でも、ほんとは参加したかった。くすん、ピザ……。 まぁ、ほとんどがのりりん(目上の人を愛称で呼ぶのは我ながらどうかと思うけど)のお腹に入るとしても。 「みんなみどりを見たら驚くわよぉ。みのりにそっくりだってね」 みのり? って、誰だっけ? 「みのりって誰?」 「ああ。駿ちゃんの元カノ」 「そんなに似てるの?」 「似てる似てる。もう瓜二つよ」 そう言われると、会いたいような、会いたくないような……。みどりとみのり。名前も似てるし。 「だから、みどりを皆に会わせたかったの」 「また今度にして」 「わかった。皆がベビーシッターで来るようになれば、イヤでも顔合わせるもんね」 そうそう。 でも、私のそっくりさんに会うのかぁ……しかも兄貴の元カノって……何か複雑。兄貴ってどういう基準で彼女選んでるのよ。 「ほんとは俺も行きたかったんだけどな」 「あら、駿ちゃん」 「兄貴……いたの」 「ひでぇな。いたの、はないだろ。みどり」 通りすがりの兄貴が文句を言った。 「駿ちゃんはパーティーに参加するわよね」 「顔出すだけだからな」 「だって、みんな駿ちゃん好きなのよ。一秒でもいいから一緒にいたいって思ってるのよ」 「うっとうしいなぁ」 ――へぇ。兄貴ってそんなにモテるの。 確かに顔はいいけどねぇ――私の兄だし、両親のいいとこ受け継いでいるから。 けれどまさかファンクラブができる程とは――。 「兄貴ってモテるわね」 「そうかぁ? 自分ではわかんねぇけど」 「モテるのよ、駿ちゃんは。何となく人を惹きつけるものがあるのよね」 ふうん、兄貴がねぇ……。 笑顔はいいけどねぇ。私の前では穏やかでにこやかな兄だったけど、好悪の情も喜怒哀楽も激しいんだってこの頃知ったわ。 やっぱり猫かぶっていたのかしらねぇ。私の前では。えみりとか雄也とかと付き合っているうちに素が出て来たのかしら。 もちろん、私は今の兄貴の方が好き。 「俺も話し合いに参戦したいんだけどなぁ」 「駿ちゃんが行ったらこじれるばかりでしょうが」 「そんなことないぞ」 「ううん。兄貴はパーティーに参加しなきゃ。みんな兄貴のことが目当てで来るんでしょ?」 兄貴は私の方を真剣な顔で見遣った。 「わかった。――負けるなよ」 「言われなくても」 私は拳を握りしめた。 「おー、なんか集まってるなぁ」 リョウがやってきた。猫のフクをともなって。兄貴が言った。 「ああ、そうだ。リョウ、俺の代わりに話し合いの方、宜しく頼むよ」 「わかってますって」 リョウがウィンクをした。器用だな。私なんか昔何度練習してもウィンクなんかできなかったわよ。今は――そんな機会もないからいいけどね。 「テレコも持ってくー?」 「何に使うのよ、それ」 「神光教会が訴えられたら証拠になる」 「なるほど」 つまりはそこまで事態は逼迫しているのだ。 「ただでさえ神光教会は胡散臭い目で見られてたんだから」 「それ本当?」 「うん。裏サイト調べた。すっごいよー。神光教会と麻生牧師に非難集中でさぁ」 それはますます腕が鳴る……いやいや。大変ね。麻生牧師。 「教会たためーって言うんだもん、びっくりしちゃった」 「アンタがびっくりしている場合じゃないでしょ、駿ちゃん」――えみりがつっこむ。 「アンチキリストの連中も加わって大騒ぎだしさぁ」 私はごくんと生唾を飲み込んだ。 ふ、ふふふふ……。 やってやろうじゃない。そいつら全員論破してやる! 「なに物騒な顔してんだよ、秋野」 リョウに指摘されて私は思わず我に返る。 「え? そんなに怖い顔してた?」 「してたしてた。おっかねぇおっかねぇ」 繰り返さないでよ、もう……。 「みどりくん、わかってるね。僕達は喧嘩しに行く訳じゃないんだよ」 哲郎さんが言うセリフじゃないと思うけどなぁ……。でも、私にも自分の世界に浸るくせがあるから、きっと哲郎と私は似た者同士なのね。 「でもま、それぐらいの負けん気があった方がいいんじゃないの?」 兄貴は今だけは私の味方だ。 「アタシも応援してるからしっかりね。のりりんの分はアタシが払うから」 「いいの?」 「いいのいいの。だって、ベビーシッターを呼ぶのもアタシの都合だし、純也はアタシの息子だから」 じーん。何て子供思いのいい母親に育ったんだろう。えみりは。 モンスターペアレンツと呼ばれる親達……その親達も、家ではこんな風に子供を愛したりしてるんだろうか。 だから、悪影響を与えたくないと神光教会を……。 でも、麻生牧師はいい人よ。あの人がいなくなると寂しくなるわ。 麻生もね――素直じゃないけど本当はいい人だったんだから。 時間が来ると、兄貴やえみり、雄也まで来て『がんばって』の声をかけてくれた。私達は学校へと勇んで向かった。 2012.9.26 おっとどっこい生きている 134 BACK/HOME |