おっとどっこい生きている 麻生牧師達を迫害とやらから守らなきゃ。 それにしてもまずは―― 「えみり。今日のパーティー大丈夫?」 「うん……ピザ頼むから。のりりんがどのぐらい食べるか心配だけど」 のりりん……これからしょっちゅう来るのか……いいんだけど、エンゲル係数が心配。 「あ、みどり達には迷惑かけないから」 「迷惑なんて思っちゃいないわよ」 数か月前だったら出て来なかった台詞。 えみりの目が途端に輝いた。 「ありがとう! そしてありがとう!」 えみりが抱きついた。かなり暑苦しい。 「で? 純也くんは大丈夫?」 「うん。熱かなり下がってたから。さっきアタシの方見て、嬉しそうに笑ったの」 よかった。 私はあまり純也のこと構ってあげられなかったから。 でも、えみりは純也の母親だからなぁ。やっぱり、こういう時、母親なんだなぁって思うの。えみりも母親業が板についてきたみたい。家事もするし、立派な母親よ。 ――少なくとも、私のお母さんよりは母親らしいわ。 「純也のこと、心配してくれてありがとう」 だって――友人の息子だもん。同居人だし。 哲郎はまだ部屋かな。 「純也、見てっていい?」 「どうぞ」 私は襖をそろそろと開ける。 純也くんが私を見て――にこっと笑ったのだ! この感激はちょっと言葉に表せない。 確かに純也はよく笑うようにはなったものの、病気になってからは辛そうだったもの。泣いてるか、眠っているか。眠っている時間の方が多かったみたいだけど。 「じゅんやー。みどりおねえちゃんでちゅよー」 「あー」 純也が手を差し出す。可愛い、小さな手。私は思わず握った。 「おててにぎにぎされて、よかったでちゅねー」 「えみり……」 あんまり赤ちゃん言葉使われると、聞いている方はむず痒くなる。 「みどりくーん」 あ。哲郎が呼んでる。 「行かなくていいの? みどり」 うーん。ここにいたいのは山々なんだけど、今夜の打ち合わせもしなきゃなんないしねぇ……。 「わかった。純也くん。またね」 「あー」 純也にはえみりがいる。だから、純也を安心して任せられる。 まぁ、えみりは純也の母親なんだから、当然と言えば当然なんだろうけど……。 「あ、いたいた」 哲郎はほっとしたようだった。 「用でしょ? 今夜の」 「ああ、そうなんだ。僕達、神の戦士として思いっきり戦おうね」 神の戦士――そう言われると、RPGのゲームかファンタジーみたいな感じがするんだけど……。 まぁ、聖書自体ファンタジーみたいなものだし。それを言うと哲郎怒るかな。 「さぁ、いざゆかん」 駄目だ。完全に自分の世界に入っちゃってるよ、この人。 その代わりと言ってはなんだが、結構集中力はあるみたいなんだけどね。 「ところで、今日川島道場に行ったんだろ?」 あれ? 途中で話が変わった。 「うん。将人に会いに」 「そう……いいんだけどね」 ちっともいい訳じゃない、という響きを混ぜて哲郎は呟いた。 「麻生くんのしたこと、それは確かに罪かもしれない。けれど、彼は変わったのだから。反省――したのだから」 「ええ。その代わり、茨の道を行かなくてはならないかもしれないけど」 「クリスチャンとしての宿命さ。彼は洗礼を受けてるのかい?」 「さぁ……」 まず、洗礼という考え方がわからない。 「キリスト教はね、昔はヤソと言われて迫害を受けてたんだよ。知ってるよね」 「知ってるわ」 「けど信教の自由が保証されて、キリスト教も市民権を得たんだ」 「だから?」 「だけど――僕らはまだ迫害を受け続けている」 へぇ……そんな考え方もあるんだ。 私は単純に神光教会の危機なのかな、と思ってた。 麻生があんなことしてたんじゃねぇ……記事捏造とか、情報操作とか。そりゃ、誰も来なくなるわね。まさかモンスターペアレンツによる襲撃事件があるとは思わなかったけど。 「神光教会だって――麻生牧師が牧師でなかったら、あんなに大騒ぎにはならなかったに違いないよ」 まぁ、そりゃね……。 普通の一市民なら神に対する責任とか、考えなくて済むもの。 それとも、今だったら、そんな普通の小市民でも襲撃の対象になるかな。 麻生牧師は、教会をやめなきゃならなくなるかしら……。 それは、断固として神光教会を守らなきゃ! 麻生牧師は、立派な牧師だもの! 麻生だって、改心したもの! 私が証人になったっていい。この二人は、立派だ。ちゃんと自分の罪を背負おうと覚悟してるんだもの。 「私……自分は普通だ、と思っている人の方が怖いわ」 「だろう? 自分の正義を振りかざす人の方が怖いんだよ」 あなたも含めてね――私は密かに哲郎に毒づく。 けれど、哲郎はわかっているはず。自らもまた、罪を負って生まれてきた者だということを。 だから――多少困ったところには目をつぶる。 そうしないとやっていけないから。欠点があるのが人間だから。 神様も万能だとは思わない。けれど――神は私達人間の関係性から生まれてきたのだはないだろうか。 愛、芸術、神秘、哲学――そんなものから、自然に生まれて来たのではないだろうか。あるはずのない生命から。 人間は神と共にいて、神は人間と共にいる。 聖書の神様はかなり人格化されているけれども。 私は八百万の神の方が好きだけれど、キリスト教のヤーウェの神がそれらと共存する余地だって、きっとあるはず。 それともヤーウェの神は他の神を認めないのだろうか。哲郎も、聖書の神以外認めないところがあるけれど。 宗教は難しいわね。ふっと私は溜息を吐いた。 「どうしたんだい? みどりくん」 「別に」 「――麻生牧師の家族は、この町を追い出されるかもしれない」 「何よ。やぶから棒に」 「だって、そうだろ? 牧師は清いイメージがある。その息子が不祥事を犯したんだ。ただで済むはずがないよ。――もしかしたら、神光教会は怪しげな教会だと言って壊されるかもしれない」 「…………」 それは妄想だと笑い飛ばす気は私にはなかった。以前だったらどうだかしらないけど。 「これは、信仰の危機なんだ」 哲郎は真顔で言った。 「牧師はきっと信仰を捨てない。信仰を捨てない者にどんな迫害が待ち受けているか、イエス様やパウロの話を見るまでもないだろう?」 哲郎の言う通りかもしれない。けれど――と、私は思う。イエス・キリストは、死んで三日後に甦ったではないか、と。 2012.9.4 おっとどっこい生きている 133 BACK/HOME |