おっとどっこい生きている
13
〜前回までのあらすじ〜
 哲郎に教会に誘われた私、秋野みどり。でも、条件を出した。
 それは、渡辺夫妻も一緒に教会に連れていくこと。
 絶対無理だ!と思った私は、つい、桐生将人と出かける約束をしてしまった。
 これが、前の回までの……
「おいおい、俺のことはどうなった?」
 兄貴のうるさい声がするけど、無視! だって、あまり活躍してなかったもんね。
 ぐうっと、唸る兄貴だけど、流石にダメージ感じたのかしらん。
 それからの秋野家はと言うと……。

「みどりさん。雄也と純也をよろしくお願いしますね」
 つねさんは、一晩泊まった後、帰り支度をしていた。
 あれから、私と兄貴も交えて、渡辺夫妻はつねさんと話し合った。その結果、どうも、この家を気に入ったらしい雄也とえみりは、引き続きここで暮らすことになった。つねさんが反対しても、私は渋々ながらという風に引き止めたんだろうな、とは思うけど。お父さんに、もう「下宿人だ」と紹介してしまったし。
「それと……」
「えみりさんのことでしょ。わかったわ。任せてよ」
「お願いします」
 つねさんは、斜め四十五度に頭を下げた。
 私は、すっかり渡辺一家に慣れてしまった。この家にしばらく置いてもいいかな、と思うくらいには。
 それに、彼らのおかげで、この家も昔のように賑やかになったし。
 下宿代は払いますから、と頭を下げるつねさんに辞退させるには、それなりに骨が折れたけど。
「ありがとうございます。みどりさん」
「いえいえ。こちらこそ、お世話になりました」
「また来ても宜しいでしょうか?」
「いつでもどうぞ」
 丁寧な別れの挨拶と共に、つねさんは帰って行った。

 そして、日曜日――
「おはようございます」
 昨晩、哲郎は早く寝たので、今はすっかりいい気持で目覚めたようだ。それにしても、上機嫌なようだけど……
「渡辺くん達、教会に行ってくれるって」
「ええっ?! 雄也さんとえみりがっ?!」
 私は、早速二人に問い正した。
「みどりも行くんでしょ? だから、アタシも行く」
「えみりが行くなら、オレも行く」
 えみり! 雄也! あんたらには自主性というものがないの?!
 こうなったら、頼みの綱はつねさんだ。私は電話をした。ところがである。
「親鸞上人は、心の狭い方ではございません」
 いろいろ話したけど、結論は、つまり、そういうことだ。親鸞は、自分の子供が教会に行っても、許してくださるそうなのである。
 でも、キリスト教って、一神教じゃなかったっけ? 仏教とは相容れないと思うんだけど。キリスト教は、偶像崇拝を禁じているから……これは、哲郎の受け売りだけど。
「おー、みどり。教会に行くのか?」
 兄貴の声に、
「秋野くんも行くかい?」
と、哲郎が誘いをかけた。
「悪いけど、俺、今からまた寝るわ」
「残念だね」
 ねぇ、哲郎、そこで諦めちゃうの? 雄也とえみりには、「行く」って言わせたのに。
 私が訊くと、
「渡辺くん達は、案外簡単にOKしたよ。君のおかげだよ」
と答えた。
「え? 私のおかげって、どういうこと?」
「渡辺くん達、なんだか、みどりくんのこと、信頼しているみたいだからさ」
 うっ、胃が痛い……。
 私、桐生将人と出かける約束しちゃったんだよねぇ……。
 そんなに信用されると、どうしたらいいのかわからなくなっちゃうな。
「アタシ達、結婚式はホテルで挙げたから、教会行くの初めてなのよねぇ」
「なんかさ、教会って堅苦しそうだから、哲郎に誘われても、今まで行かなかったんだよな。でも、えみりが喜ぶこと、してやりてぇしな。なんか、えみり、おまえのこと気に入ってっからさ。教会に行きたいなんて初めて言ったし。信者にはならなくても、ついていくぐらいは、してやってもいいかな、なんて」
 雄也は、照れくさそうに頬をぽりぽり掻く。
 うっ、なんか、雄也が眩しいっ!
 そこまで奥さん思いの人だとは思わなかったよ。
 私は最低ね……。
 桐生将人に、断りの電話を入れようと、泣く泣く思ったとき――ベルが鳴った。
「はい! 秋野です!」
 私は反射的に飛びついた。
「もしもし、桐生ですけど――」
 あれ? この前は疑問に思わなかったけど、桐生将人って、何で私の家の電話番号知ってんだっけ?
 あ、そうだ。電話番号教え合ったんだ。
「秋野、ごめん。俺、やっぱり今日行けない」
「え?――」
 私は、血の気がざぁっと引く音を聞いた。助かったはずなのに。こっちこそ、約束破るところだったのに。
 なんか、悲しい。悔しい。そんなこと思うのは、自分勝手だってわかっているくせに。
「――弟がさ、急に熱出して……でも、今日、両親いなくてさ、だから……」
 それを聞くと、さっきまでとは違う、ふつふつと体中が沸き立つ感じがした。
 それを、友人は、世話焼きの血と言う。
「待ってて! 私! すぐ行くから!」
「え?! でも、秋野、俺の家――」
「あ、そうだ。どうやって行くの?」
 桐生将人は、自分の家への道順を口頭で教えてくれた。私はそれをメモする。
「ありがとう!」
 私は力強く電話を切った。
「哲郎さん、ごめん! 私、友人の弟の看病に行かなきゃ!」
「え? え?」
「許して! この埋め合わせは必ずするから! ごめんね、えみり」
「ううん。一緒に行った方がいい?」
「あんまり大人数で行くと、かえって気を遣わせるから、えみり達は教会行ってて」
「わかったわ。行ってらっしゃい」
 私は玄関を飛び出し、自転車に乗って、桐生家へと急いだ。

おっとどっこい生きている 14
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