おっとどっこい生きている 哲郎に教会に誘われた私、秋野みどり。でも、条件を出した。 それは、渡辺夫妻も一緒に教会に連れていくこと。 絶対無理だ!と思った私は、つい、桐生将人と出かける約束をしてしまった。 これが、前の回までの…… 「おいおい、俺のことはどうなった?」 兄貴のうるさい声がするけど、無視! だって、あまり活躍してなかったもんね。 ぐうっと、唸る兄貴だけど、流石にダメージ感じたのかしらん。 それからの秋野家はと言うと……。 「みどりさん。雄也と純也をよろしくお願いしますね」 つねさんは、一晩泊まった後、帰り支度をしていた。 あれから、私と兄貴も交えて、渡辺夫妻はつねさんと話し合った。その結果、どうも、この家を気に入ったらしい雄也とえみりは、引き続きここで暮らすことになった。つねさんが反対しても、私は渋々ながらという風に引き止めたんだろうな、とは思うけど。お父さんに、もう「下宿人だ」と紹介してしまったし。 「それと……」 「えみりさんのことでしょ。わかったわ。任せてよ」 「お願いします」 つねさんは、斜め四十五度に頭を下げた。 私は、すっかり渡辺一家に慣れてしまった。この家にしばらく置いてもいいかな、と思うくらいには。 それに、彼らのおかげで、この家も昔のように賑やかになったし。 下宿代は払いますから、と頭を下げるつねさんに辞退させるには、それなりに骨が折れたけど。 「ありがとうございます。みどりさん」 「いえいえ。こちらこそ、お世話になりました」 「また来ても宜しいでしょうか?」 「いつでもどうぞ」 丁寧な別れの挨拶と共に、つねさんは帰って行った。 そして、日曜日―― 「おはようございます」 昨晩、哲郎は早く寝たので、今はすっかりいい気持で目覚めたようだ。それにしても、上機嫌なようだけど…… 「渡辺くん達、教会に行ってくれるって」 「ええっ?! 雄也さんとえみりがっ?!」 私は、早速二人に問い正した。 「みどりも行くんでしょ? だから、アタシも行く」 「えみりが行くなら、オレも行く」 えみり! 雄也! あんたらには自主性というものがないの?! こうなったら、頼みの綱はつねさんだ。私は電話をした。ところがである。 「親鸞上人は、心の狭い方ではございません」 いろいろ話したけど、結論は、つまり、そういうことだ。親鸞は、自分の子供が教会に行っても、許してくださるそうなのである。 でも、キリスト教って、一神教じゃなかったっけ? 仏教とは相容れないと思うんだけど。キリスト教は、偶像崇拝を禁じているから……これは、哲郎の受け売りだけど。 「おー、みどり。教会に行くのか?」 兄貴の声に、 「秋野くんも行くかい?」 と、哲郎が誘いをかけた。 「悪いけど、俺、今からまた寝るわ」 「残念だね」 ねぇ、哲郎、そこで諦めちゃうの? 雄也とえみりには、「行く」って言わせたのに。 私が訊くと、 「渡辺くん達は、案外簡単にOKしたよ。君のおかげだよ」 と答えた。 「え? 私のおかげって、どういうこと?」 「渡辺くん達、なんだか、みどりくんのこと、信頼しているみたいだからさ」 うっ、胃が痛い……。 私、桐生将人と出かける約束しちゃったんだよねぇ……。 そんなに信用されると、どうしたらいいのかわからなくなっちゃうな。 「アタシ達、結婚式はホテルで挙げたから、教会行くの初めてなのよねぇ」 「なんかさ、教会って堅苦しそうだから、哲郎に誘われても、今まで行かなかったんだよな。でも、えみりが喜ぶこと、してやりてぇしな。なんか、えみり、おまえのこと気に入ってっからさ。教会に行きたいなんて初めて言ったし。信者にはならなくても、ついていくぐらいは、してやってもいいかな、なんて」 雄也は、照れくさそうに頬をぽりぽり掻く。 うっ、なんか、雄也が眩しいっ! そこまで奥さん思いの人だとは思わなかったよ。 私は最低ね……。 桐生将人に、断りの電話を入れようと、泣く泣く思ったとき――ベルが鳴った。 「はい! 秋野です!」 私は反射的に飛びついた。 「もしもし、桐生ですけど――」 あれ? この前は疑問に思わなかったけど、桐生将人って、何で私の家の電話番号知ってんだっけ? あ、そうだ。電話番号教え合ったんだ。 「秋野、ごめん。俺、やっぱり今日行けない」 「え?――」 私は、血の気がざぁっと引く音を聞いた。助かったはずなのに。こっちこそ、約束破るところだったのに。 なんか、悲しい。悔しい。そんなこと思うのは、自分勝手だってわかっているくせに。 「――弟がさ、急に熱出して……でも、今日、両親いなくてさ、だから……」 それを聞くと、さっきまでとは違う、ふつふつと体中が沸き立つ感じがした。 それを、友人は、世話焼きの血と言う。 「待ってて! 私! すぐ行くから!」 「え?! でも、秋野、俺の家――」 「あ、そうだ。どうやって行くの?」 桐生将人は、自分の家への道順を口頭で教えてくれた。私はそれをメモする。 「ありがとう!」 私は力強く電話を切った。 「哲郎さん、ごめん! 私、友人の弟の看病に行かなきゃ!」 「え? え?」 「許して! この埋め合わせは必ずするから! ごめんね、えみり」 「ううん。一緒に行った方がいい?」 「あんまり大人数で行くと、かえって気を遣わせるから、えみり達は教会行ってて」 「わかったわ。行ってらっしゃい」 私は玄関を飛び出し、自転車に乗って、桐生家へと急いだ。 おっとどっこい生きている 14 BACK/HOME |