おっとどっこい生きている もう一度麻生が訊いて来た。 「おまえらが心配で来たんだよ。騒ぎになってるだろ?」 兄貴が代わりに答える。 「そっか。悪かったな、秋野」 麻生は私をじっと見る。私はちょっと緊張する。 「おーい、俺もいるんだけどなぁ……」 兄貴が小声で囁く。 「取り敢えず、あれは俺が悪いようだから、出てきて謝ってくる」 「待て。私も行く」 麻生牧師が立ち上がった。 「親父はそこにいろよ」 「そうはいかない。おまえの父親として、息子の不祥事を謝罪するのは当然のことだろう?」 牧師は新聞みたいな言い回しをする。思うに、政治面が好きなのかしら。 「不祥事……ねぇ」 麻生が溜息を吐いた。 「親父――ごめんな」 何? 今、麻生が謝った? あの麻生が? 初対面や今までの経緯から見るとまるで別人じゃない! 「おまえは素直ないい子だよ」 牧師が笑う。麻生はばつが悪そうに俯いた。そして部屋を出て行った。 霧谷の言う通り、本当はいい人だったんだ……。いろんなことが重なり合って、ぐれていただけなんだろうな……。 「秋野さん。お兄さんも、ありがとうございます」 「え?」 「いやぁ、俺なんて、何にもしてないですよ」 そう。私達は何にもしていない。彼が変わったのだ。 「やっぱり私も行こう」 牧師が言ったので、私達は居間を後にした。 「清彦!」 「親父!」 「牧師が出て来たぞ!」 いちいち騒がないでよ。このモンスターペアレンツ! 麻生牧師は土下座をした。 「罪深い……息子をお許しください」 牧師は泣いた。辺りはしんとなった。 続いて、麻生が土下座をした。そして言った。 「お騒がせしてしまって、すみませんでした!」 牧師の涙は止まらない。こんなことで泣くことはないのにな。記事捏造は悪いことだけど、息子のことなんだし。 あ、もしかして――牧師は神に謝っているのだろうか。だとしたら、泣くのも納得が行く。 「そ、そんな泣き落としが通用すると思うか?!」 「息子は退学だろ?! 退学!」 「それだけは……何卒ご勘弁を」 だよね。麻生は二年以上も白岡高校に通ってたんだもんねぇ……もう三年だし、受験も近いし、今から転校はちょっとね……。 あっ、そうだ。 「松下先生にお伺いを立ててみては」 私は一応提案してみた。 「誰だ? その松下ってのは」 「教頭です」 「教頭? 普通出て来るのは校長じゃないんですか?」 父兄の一人が言った。 「教頭に頼んで、校長に打診してみます」 「そんなことができるんですか?」 「教頭は私の友人の父ですので」 ついでに、麻生も友達だ。――今、決めた。 携帯で松下家に電話をして――出て来たのは頼子だった。 「どうしたの? みどり」 「あ、あのね……松下先生、いる?」 「いるけど?」 「忙しい中、悪いんだけど、これ、大事な話なの。麻生先輩が新聞部の記事捏造したりしたことが父兄にバレちゃって――」 私はこれこれこういうことで――ということを頼子に説明した。 「ふぅん。でも、みどりにゃ直接関係ない話でしょ?」 痛いところを突かれた。それはそうなんだけど……。麻生は一応私の友達よ! 放っておけないじゃない! 「麻生先輩は充分反省してるのよ。許してやってもいいじゃない!」 私の声はつい大きくなった。 「まぁね。でも、それで私のお父さんに電話を……へぇー」 頼子が受話器の向こうでにやりと笑ったような気がした。何故だろう。 「大事なことだから……校長先生に直接言っても良かったんだけど、ほら、頼子のお父さん、教頭だから。先に耳に入れておこうと思って」 「お父さんの一存で麻生先輩の行く末なんて決められないわよ」 「わかってるわよ。お父さん――松下先生出して」 「はいはい。お父さーん、電話」 私は松下先生に頼子に話したような経緯を全部話した。 「そうか……話がもうそんなに進んでしまったか」 「と言いますと?」 「さっき校長から電話がかかってきて――苦情が殺到してるんだそうだ。学校のネットで見た人が多いらしい。情報操作もやってたんだって? 麻生清彦は」 「詳しいことはよくわからないけど、多分……」 怖い! ネットって怖い! でも。ということは、つまり既に校長に連絡が行ってたということか。 私は自分の浅知恵を恥じた。 「詳細は明日の夜、父兄の代表と話し合うことに落ち着いたそうだ」 その場に私も同席できませんか?――とはさすがに言えない……。 「大丈夫。なるようになるから」 松下先生は私を元気づけるように言った。その低いバリトンの声を聴いていると、何となく、悪いことは何も起こらない、という気がしてくる。 「神光教会に集まって来ている人々にも、明日学校で校長先生方と面談することを話しておきなさい」 「はい。――わかりました。ありがとうございます。おやすみなさい」 私は携帯を切った。 「何だって?」 「明日、学校で会うって――皆さん方と」 連絡網で細かいことは明らかになるであろう。代表の人々が校長先生達に会うことになるのかもしれない。 「そういうことですから、皆さん、帰ってください」 集まった方々は、そういうことなら、と三々五々、渋々という形で帰って行った。人がいなくなった後――。 「ねぇ、みどりさん」 「なぁに?」 「兄貴――反省してたのよ。ほんとにほんとに反省してたのよ。なのにどうしてこんな目に合わなきゃいけないの?」 しおりの目元から涙がこぼれ落ちた。 本当に――何でなんだろう。 その時、頭の中で直感が閃いた。 自分のした悪事の責任を本気で取ろうとするならば、まずいばらの道を覚悟しなければならない――と。 「俺達、できることはやったと思う。帰ろうぜ。みどり」 兄貴が私の肩に手を置いた。もう夜の十一時を回っている。私達は溝口先輩と一緒に帰途についた。 明日は土曜日なのに、校長も、松下先生も大変だな……。 おっとどっこい生きている 129 BACK/HOME |