おっとどっこい生きている
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「何ですって?!」
 私は訳がわからないながらも思わず叫んでしまった。
「ああ! 父兄達が神光教会に殺到しているらしい――詳しくリポートしている奴がいる。俺も今からそっちに行く。みどりは?」
「あ……私も……」
 言おうとしてから、不意に哲郎のことが気になった。もちろん、反対されても行くつもりだったけど。
 哲郎はいつもの調子で、
「――行っておいで」
 と言った。
 哲郎は譲歩してくれているのかしら。
 わかったわ。じゃあ、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
「ちょっと待って。今携帯持っていくから」
 もう着替えてるから、服を変える必要はないけれど。
「早くしろよ」
 兄貴の言葉に、私は頷いた。
 携帯を開くと――やっぱりしおりちゃんからメールが来ていた。
『みどりさん、大変大変! 何か大勢の人がうちの教会に来てるんだ! 兄貴が何かやらかしたらしいし』
『知ってる』
 あたしはそれだけ打つと、すぐ玄関へ向かった。
 兄貴と私は自転車を走らせる。
 大丈夫かな……しおりちゃん。それに麻生牧師。
 せっかく息子が改心して真っ当な新聞部員に生まれ変わったというのに。
 また携帯だ。マナ―モードにしてある。でも、今はそれどころじゃない。
 全速力でチャリを漕いだから、前よりかなり早く神光教会に着いた。
 いろいろな人達が教会に殺到している。父兄の方々かしら。
 私は再び携帯を開いた。
『冬美さんがお客さん達を落ち着かせようとしているわ』
 冬美さん……ね。以前は『女狐』って言ってなかった? しおりってば冬美のこと。
 まぁ、それはいい。
 教会前では怒号が飛び交っていた。
「何たる不始末!」
「教会の息子が学校の新聞の記事を捏造していいと思ってるの?!」
「息子を出せ! 息子を! 牧師もだ!」
 結構な人数がいるわねぇ……。って、感心してる場合じゃないわ!
「あっ、みどりさん」
 しおりが私達を見つけると手をぶんぶん振り回す。
 私達は人の波をかきわけかきわけ、しおりの元に辿り着く。
「お兄さんも来てくれたんですね」
「どうも」
「でも良かったー。みどりさん達は来てくれると思ってたの!」
「随分たくさんいるわね」
「前より増えたの」
 しおりが溜息を吐いた。疲れてるのかな。
「大丈夫? しおりちゃん」
「あたしは大丈夫。でも、お父さんが参っちゃって」
 客――ではないかもしれないけど――の応対は麻生牧師の奥さんや冬美がしている。
「牧師の様子、見て来る」
 兄貴が通してもらった。
「私も」
 兄貴についていこうとすると、そこで、ぽんと肩を叩かれた。
「みどりちゃん。ここの関係者かい?」
 八百屋のおじさん――八百政さんが訊く。
「うん。麻生先輩としおりちゃんとは友達なの」
「すぐ帰った方がいい」
「でも……牧師達が心配だし」
「あんな奴の父親は牧師でも何でもない」
 八百政さんの台詞に、あたしはかちんと来た。
「麻生先輩は……反省してるんですよ。それを、攻撃するだなんて」
「反省もポーズかもしれねぇ」
 八百政さんの言葉に、二、三人の人が頷く。
 うーっ。あの八百政さん達がこれほど話がわからない人達だとは思わなかったわ。まぁ、いつもはいい意味で頑固で通っていたんでしょうけど。
 今はただの偏屈親父達よ。
「とにかく行かせて」
「みどりちゃん……あんたは友達だから心配なのもわかるが……これは我々で解決しなきゃならない問題なんだよ」
「解決って……麻生牧師に教会をやめろってことなの?」
「まぁ、短く言えばそうなるわな」
「ふざけないで!」
 あたしは怒鳴った。どうして神光教会にはこんな問題が持ち上がってくるのかしら。
 麻生牧師だって、奥さんだって、いい人には違いないのに。
 麻生だって……問題はいっぱいあるけど、実はそんなに悪い人じゃないのに。しおりちゃんだっていい子なのに。
 これが神の試練? ふんっ。
 麻生がやっと落ち着いたと思ったら、今度は新聞部の捏造騒ぎ。
 確かに麻生が記事を捏造したのは事実かもしれない。だけど、大勢で押し掛けてくることはないでしょう?!
 もしかして……教会だから問題なのかしら。
 麻生が牧師の息子だから? その麻生が嘘の新聞記事をでっち上げたから?
 麻生牧師が教会を運営していなかったら、今度の騒ぎはなかったっていうの?
 おかしいわよ、それ、おかしいわよ。
 どこがおかしいんだか上手く説明できないけれど――。こういうのを迫害って言うんじゃない?
 そうよ。麻生牧師が神光教会の牧師でなかったら、ここまで騒ぎは大きくならなかったはずよ。
「みどりちゃん」
 美しいソプラノの声がした。
「溝口先輩!」
「しおりちゃんから聞いたわ。えらい騒ぎね」
「何だい? この別嬪なお嬢ちゃんは」
「溝口妙子です。どうも、お久しぶりです」
「ああ。誰かと思ったら妙ちゃんかい。道理で見たことがあると……いやぁ、すっかり見違えちゃって――って、ちょっと! みどりちゃん?!」
 八百政さんが止めるのも聞かず、私は靴を脱ぐと家の中に入って行った。
「――うん、うん。大変でしたね……」
 兄貴の声がする。
「私は……どうしたらいいんだろうな……やはりここは謝るべきか……」
「麻生牧師! 兄貴!」
「やぁ、みどりちゃんかい」
 牧師も元気がない。牧師と兄貴は二人で会話に戻る。
「清彦を巻き込みたくはないから……私は謝ろうと思う。息子に代わって」
「麻生牧師はそう考えますか」
「息子から全て聞いたよ……あいつもどうかしてたんだ……」
「だったら、直接息子さんから事情を説明してもらえば――」
 兄貴が言葉を継ごうとした。その時だった。
「俺がどうしたって――?」
 麻生清彦が私達のいる居間にやって来た。そして――彼は私を見て目を瞠った。
「何で秋野達がここにいる?」

おっとどっこい生きている 128
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