おっとどっこい生きている カトンボみたいなリョウがふらりと立ち上がった。 「当たってなんかいないでしょ!」 「頼子のことなんて、えみりサンに言うことねぇだろ?!」 「だって気になったから……」 「いいかぁ、えみりサンはなぁ、おまえらの為に足りなくなった味噌汁、また作って足したんだぞぉ」 「そうなの?」 あたしはえみりサンの方に視線を戻した。 「ま、まぁね……」 えみりはエプロンの裾を弄っている。 「俺達だって、調子に乗って味噌汁食ったじゃねぇか」 兄貴も参戦する。 「あんまり美味しくてつい……」 リョウが頭を掻く。リョウは兄貴には弱いみたいだ。 「まぁま、食事ぐらい楽しく食べようよ。ね?」 私にも異存はなかった。 「私も……ちょっと言い過ぎたかも。ごめんね。えみり」 「ううん」 えみりはにこっと笑った。意外と可愛い。 ひと騒動にになるかと思えば不発に終わった。良かった良かっためでたしめでたし。 私は味噌汁を平らげると、 「ちょっと純也くんの顔見てきていいかしら」 と言った。 「湯豆腐食べないの?」 「ちょっと見て来るだけだから」 私はいつも自分が、『食事中に席を立たないように』と言っていたことを思い出した。 でも、今回はいいよね。純也、病気だもん。 「純也くーん……」 渡辺一家の部屋の襖を開ける。 純也は私が自分のお祖父ちゃん達に線香上げた時は眠ってたけど、今はどうかなぁ……。――そろりそろりと入って行く。 「失礼しまーす……」 開け放しておいた襖から廊下の灯りが洩れる。 純也はまだ眠っていた。ちょっとぐったりしているように見えるのは仕方ない。 疲れたんだろうなぁ……。熱で辛くて。やっと安眠に浸ることができたんだ……。 純也くん、好きなだけ寝てていいからね。 起こさないようにしよう。私は部屋を後にしようとした。 「あ、あああ……」 あ、純也、目を覚ましてしまった。 「みどり、純也……」 えみりの声だ。 「純也起きた?」 「え、ええ……」 「みどり。灯りつけて」 私はこの和室の電気を点けた。えみりが襖を閉ざしたようだ。 「んー。お薬の時間かな? それともお乳?」 えみりが純也を可愛くて仕方がないといった様子で抱きあげる。純也は「あー、あー」と泣き出した。 「お乳よりお薬の方が先の方がいいかな」 「私、取って来る」 「いいって。持って来たから」 さすがだ、えみり。やることが早い。 それに……いいお母さんだ。さばさばしてて、でも、子供のことには気をかけていて。 もちろん、雄也もいいお父さんだけど。 いい両親に囲まれて幸せだよね、純也。 私の両親もまぁまぁいいけど。 ――そこで私は思い出した。もうすぐトンガからお父さん達が一時帰国するのよね。あの宇宙人の父親が。お母さんもいい加減謎の人だけど。 ああ。どうしてうちの常識人のお祖父ちゃん達から、あんな宇宙人が生まれたんだろう……。 「ん? どしたの? みどり」 「うーん。ちょっとね、考えてた。うちの親のこと」 「ああ、トンガ行ってるんだったわよね」 「うん。『トンガって何?!』って感じなんだけど」 「でもさ、いいわよね。みどりのお父さんとお母さん。会ったことないけど。電話の調子だと、明るい人みたいだし」 「……明る過ぎるのが、玉に疵なんだよねぇ……」 軽い考えで、私達をこの家に置いてっちゃうしさぁ……。 「アタシね。純也にはいいお母さんでいてあげようと思ったの。近頃その意識がますます強くなったな」 ふーん。母は偉い! 母は強し! 「あ、ご飯中に席立ってごめんね。今から戻るから」 「みどり」 「なぁに?」 「あのね……」 えみりが何かを言いかけた。そして、首を横に振って言った。 「やっぱりいいわ」 「何よぉ、気になるじゃない」 「ん、あのね……これからも純也のこと、宜しくね」 「あったりまえじゃない!」 「ずっとこの家にいられるといいんだけど」 「ずっといてよ! えみり! アンタらがいると退屈しないからさ」 「何よそれ。どういう意味ぃ?」 えみりは笑っていた。 でも……そうか。 私はあんまり考えなかったけど、渡辺一家にとっては、ここは多分仮の住まいだ。いつかはここを出て行く日が来る。 えみりはそれを思ったのだろう。 彼女達、いつまでもここにいるわけじゃないんだ。 足元が崩れ去ったような気がした。私は不安に襲われた。 だけど、それは今ではないわよね。まだまだここにいるわよね。えみり、雄也、純也。 お父さん達だって、トンガから帰ってここにいるのは、多分少しの間だけだし。 「私……もう行くね」 えみりが頷いたのを見て、私は食卓に行った。 哲郎が来ていた。 「哲郎さん」 「やぁ、みどりくん。今日は朝ご飯の時以来見なかったね」 「そうかしら」 答えてから、私ははた、と思い至った。 神光教会のことについて、私はまだ、哲郎に話していない。言った方がいいよね、いいよね……。 「あのね、哲郎さん。日曜日、神光教会に行っていい?」 哲郎の箸が止まった。 「神光教会だって?」 哲郎は途端に嫌そうな顔をした。 「あそこは異端だよ」 「異端って?」 「みどりくん。僕達の母教会は聖栄教会だよ。もう忘れたのかい?」 おっとどっこい生きている 125 BACK/HOME |