おっとどっこい生きている 真紀ちゃんは猫を床に下ろしたリョウと指きりげんまんをした。 良かったね。リョウ。 収まるべきところに収まったんだ。 ここで哲郎がいたら、 「神様が問題を解決してくださったんだよ」 というところだろうか。問題を解決したのは、神様でも仏様でもなく、リョウと真紀ちゃんなのに。 「ほら、フク。お友達だぞ」 「ナ―オ」 「よろしくね、フクちゃん」 「にゃー」 真紀ちゃんがフクを撫でる。フクは嬉しそうに頭を上げる。猫の撫で方は上手よね。さすが猫好きなだけのことはあるわ。 「ほら、フクも真紀ちゃんのことが好きだってよ」 「ええっ? ほんと?」 真紀ちゃんは目を輝かせた。 「真紀。そろそろ帰らないと」 「えー、まき、もっとフクと遊びたい」 「また来いよ」 リョウがぽんぽんと真紀ちゃんの頭を撫でた。 「うん……」 微笑んでいるリョウを見て、真紀ちゃんの頬がちょっと赤くなっているような気がするのは――気のせいだろうか。 「お兄ちゃんのお名前はリョウって言うの?」 「そう。鷺坂稜。宜しくね」 「うん。あのね、お話があるの」 「何だい?」 「まき、お兄ちゃんのこと好き!」 「そうかそうか。ありがとな」 「一緒にフクをかわいがろうね」 「そうだな」 「では、私達はこの辺で。まき、行くよ」 「はーい、パパ」 真紀ちゃんは上原さんについて行った。 「それでは皆さんご機嫌よう」 「さようならー。またね、お兄ちゃん」 真紀ちゃんが手を振った。 扉が閉まると、リョウが私に言った。 「秋野。『黄金のラズベリー』の原稿、ちょっと貸して。今日中には読み終わるから」 「いいわよ」 けど、リョウが読書家だなんて初耳。意外だなぁ。 一緒に住んでるのに、何も家族のことわかってないのね。私。まぁ、居候だからと馬鹿にしてたところもあるけど。 けど――この家の人達はみないい人だ。 雄也だっていい父親やってるし、えみりだって一生懸命だし、哲郎は――まぁ、伝道に燃えてるのはわかるけどねぇ。 純也くんだって可愛いし。私、今の環境に何の不満もないわ。 これもみんな兄貴のおかげね。最初は、とんだ荷物を背負わされたと思ったけど。 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに報告して来よう。 お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。今日、ちょっとトラブルになりかけたことがありましたが、無事解決しました。 いつも見守っててくれてありがとう。 お線香をあげて、ちーんと鐘を鳴らした。 じゃ、遅くなったけど夕飯の用意をしなきゃ。今日は湯豆腐ね。みんな好きだから。それに、ちょっと贅沢だし。 台所に行くと、既にえみりの姿があった。 「お味噌汁作ったわよ。作り方見ながらだけど」 「ありがとう」 味見して、と言うので、一口飲んだ。美味しい。私の作るのとはちょっと違うけど。えみりの料理の腕はめきめきと上がりつつあるようだ。 「えみり、いつも世話になってるわね」 「やーだ。みどりったら、どうしたの?」 「別に……」 嬉しさが込み上げて、涙に変わろうとしていた。 知らなかった。嬉し泣きって本当にあるのね。 あまり経験のないことだから、わからなかったわ。 「みどり、今日の夕飯、何?」 「湯豆腐のつもりだけど」 「それだったらアタシでもできるわ。みどりは休んでて」 「ほんと? じゃあお願いするわ。――ほんとにありがとう」 あたしはえみりの言葉に甘えることにした。 宿題でもやろうかな。 その時、携帯が鳴った。将人からかしら。 残念ながら、将人からではなかった。しおりからだ。何だろ。 『ハロー、しおりでっす。みどりさんに話があるんだけど』 文面を追っていた私は、途端に血の気が引いた。 簡単に言ってしまうと、日曜日に神光教会に来て、というものだった。 どうしよう。 そんなこと言ったら哲郎とぶつかるのは確実。 それに、私、聖栄教会も大好きだし。 うー、えみり達や隼人くんやマーシャもがっかりするだろうな。私が神光教会行ったら。それから、フィリップさんも。 フィリップさんは優しいから私の事情も汲んでくれると思うけど。 ――哲郎に何と説明しよう。 あ、そうだ。 神光教会には夕方行けばいいんだ。 なぁんでこんなことに気付かなかったんだろ。 しおりにも、麻生牧師にも、それから溝口先輩にも会いたいし。 麻生先輩にも――まぁ、会ってやってもいいわ。 問題が片付いたところで、私は宿題を始めた。数学からだ。 数学って、やなのよねぇ、本当は。まぁ、それでも平均点以上は取ってるけど。美和にはいっつも羨ましがられてる。 「その点数で数学嫌いだなんて、よく言えるねぇ」 って。私も我ながらそう思う。 悪くない頭を授けてくださったお父さん、お母さん、それに、お祖父ちゃん達に感謝だわ。 でも、数学は一度迷ったら抜け出せない森のようなところだ。 計算違いはよくやる。前提が間違っていると、もう数学の森の虜囚だ。 けれど、今回は早く終わった。今度は……英語だ……。 神様はサドですかぁ? 英語も苦手なのに。もちろん平均点は……以下略。 がんばれ、みどり。これが終わったら湯豆腐が待ってるゾ。 私は必死で訳した。 これは難しかった。大体、私は基本的に勉強に関しては努力の人ではないのだ。努力している人達を馬鹿にはしてない。むしろ尊敬してるけど。 テストなんて授業を受けていれば大概の答えはわかるし。他人には偉そうなこと言ってるけど……反省……。って。反省だけなら猿でもできるわね。 しっかし、久々に骨が折れたなぁ。 へろへろになって下に行くと、お味噌汁のいい匂いが漂ってきた。本当にえみりは上達したなぁ。 えみりだってがんばってるんだ。私ががんばらないでどうする! 「あ、みどりー。ご飯だって呼びに行こうとしたところなのー」 「ありがと。それにしても、本当に随分美味しそうな匂いじゃない」 えみりは三角巾を外して、えへへ、と照れ笑いをした。 おっとどっこい生きている 123 BACK/HOME |