おっとどっこい生きている
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 全く、リョウの馬鹿のせいで無駄な時間使ってしまったわよ。
 頼子が猫を飼えるようになったのは怪我の功名だけど。
 私達は他にも問題を抱えているだからねッ!
 まず、えみりさんが大学を辞めるかどうかについてでしょ。それから、今度の月曜、両親が帰って来ることでしょ。それから――。
「秋野!」
 振り向くと、将人がいた。
「将人……」
「元気?」
「うん」
「じゃあな」
 将人は走って行った。他の部員達も後へ続く。
 ちょっとした会話。会話とも言えない会話。
 将人は、知ってるんだろうか。麻生が謝罪した話。
 知ってたら、携帯とかででも、何か言うわよ、ねぇ……。少なくとも、私ならそうする。
 メールでも打っとこ。ま、さ、と、へ――と。
 それから、何書くかなぁ……。
 いや、これは後ででもいい。早く家に帰らないと。
 メールを保存する。
 自転車置き場に行って、置いといたチャリにひらりと乗って、その場を後にした。
 えみりは、まだ大学に行くの行かないのと言ってるのだろうか。全く、仕様がないよねぇ……。
「おかえりなさーい!」
 帰ってきたら、いやにハイテンションなえみりが出迎えてくれた。
「ねぇ、みどり。アタシ、やっぱり大学残ることにした」
 ええっ?!
「みんながね、協力してくれるって」
「そう……良かったわね」
「駿ちゃんのファンクラブの人達が、何とタダで純也の面倒見てくれるんだって!」
「タダで?!」
 私は二つのことで驚いていた。
 タダで純也くんの面倒見てくれる人がいるのがひとつ。もうひとつは――兄貴にファンクラブがあったこと。
「兄貴にファンクラブなんてあったのぉ?」
「あったんだよ。おまえさんは知らないかもしれないがな」
 そう言えば――今でも、
「これ、駿さんに渡してください」
 と言う子もちらほらいたなぁ。兄貴は「いたずらだ」って切り捨ててたけど。
 もし本気だったら、その子の純情、踏みにじったわけじゃない? 化けて出られたら困るでしょうね。自業自得だけど。
 で、そのいたずら説を本気で受け取っていた私としては、今更ながらに驚いたわけ。
 うーん。やはり兄貴はスケコマシ……いや、俗な表現でごめん。
 それにしても、あの兄貴がそんなにモテたとは……妹としては、複雑な気分だなぁ。
 そして、その兄貴の好みのタイプに思われていたらしい私としては、更に複雑な気分だなぁ。
 んなこと言ってる場合ではない。
「そのこと、雄也さんは知ってるの?」
「もちろん! いの一番に連絡したわよ!」
 連絡……。
 そうだ。私も将人にメールしなきゃ。
 メールって便利よね。いつでも好きな時に見れるんだから。メールの呼び出し音が邪魔だという人もいるかもしれないけど、そういう時はマナーモードにすればいいんだし。
「私、ちょっと用があるから」
「うん」
 えみりは素直に頷いた。
 ちょっと薄情かな、と思ったけど……いいんだ!
 その代わり、今日はご馳走たくさん作ってあげるッ!
 子供のせいで大学中退なんて、えみりが可哀想だもんね。無事に収まるべきところに収まって良かった。
 でも、兄貴のファンクラブの人達って、どんな人々なんだろう。
 変わり者ではあることは承知しといておかないとね。ああ、どきどき……。
「んでね、明日の夜にパーティーやるから。駿ちゃんファンクラブの人達もよんで」
 勝手に決めないでよ、と言いたいところだが、私もそうしたかった。
「あ、ごめん。勝手に決めて」
「いいよいいよ。私もこれから世話になる人達のこと、じっくり見たかったし」
「ファンクラブの子達は、全部四人ね。安達蘭子と首須エリカと中上ゆきとのりりんこと沢則子」
 うっ、のりりん……いや、沢さんだっけ? あの人も来るのかぁ……。
 食費、大丈夫かな。いざとなれば、兄貴にバイトしてもらって、私も……。
 まぁ、うち結構裕福な方なんだけどさ。食い潰される心配はないにしても……。
 ちょっと不安になってきたな……。
「よぉ、秋野」
 フクを抱きながら、リョウが現われた。
「あのさ、今日は世話になったな」
「当たり前でしょ!」
 学校に猫連れて来る非常識な人なんて、普通はいないんだから!
「でさ、今から、秋野の原稿見せて欲しいな……なんて」
 リョウは視線を外している。ああ、なんだ。これがリョウの気持ちか。
「いいわよ。はい」
 私は原稿用紙の束を渡す。
「これ、いつも持ち歩いてんのか?」
「そう。今日送ろうとして忘れてた」
「アンタも結構おおどかだな」
 そう言いながらも、リョウは『黄金のラズベリー』を読み始める。読む時に口を動かすのは、彼の癖らしい。
 さ、私も部屋に行こうっと。
『将人へ 麻生がみんなに八百長疑惑はガセだったと発表したらしいわよ』
 メール。少し置いてからすぐに返信が来た。
『ああ、知ってた』
 そっか……将人も知ってたんだ……。
『私は知らなかったけど』
 ちょっと苛々してメールを送った。私だけつんぼ桟敷なんて、ひどい。
『ごめんな。報告しなくて。それに、秋野はもうとっくに知ってると思ってたんだ』
 んー、それはちょっと私のこと買いかぶり過ぎるかもしれないわね。それに、私もなかなか忙しいし。
 でも、怒る気にはなれない。将人だって忙しいんだから。今もまだ部活かな。日も長くなったし。
 もう一通メールが来た。
『じゃあな。俺、まだ部活あるから』
 わかってる。今は少し休んでいたところでしょ? ……多分。
 取り敢えず、八百長疑惑についての問題は解決したわけだ……よね? あと、えみりの大学の進退問題も。
 後は、土曜のパーティーと、月曜の家族勢揃いのことに時間を割ける!
 と、思っていたら――
 ピンポーンとインターホンが鳴る。誰かな。
 私が開けてみると――そこには五十がらみのおじさんと、娘とおぼしき小学生くらいの女の子が立っていた。
「こんばんは」
 おじさんが口を開く。なかなかに男前だ。
「……こんばんは」
 私も挨拶を返す。何の用だろう。この人達。私は知らないから、他の人に関するお客様かな――と見当をつけていたら。
「パパ。猫、どこ?」
 女の子が言った。もしかして――この人達、フクのこと……フクのことを飼いたいってわけ?!

おっとどっこい生きている 121
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