おっとどっこい生きている
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 しおりは、この猫騒動を面白がってくれたようだった。
『いいなー、しおりも猫飼いたい。パパに言ったら飼ってくれるかな?』
 との返事が返ってきたので、
『いいけど、結構大変よ』
 と、返信しておいた。
 さあて、リョウのバカにフクを連れて行ってもらわなきゃ。部活行く前に。授業はとうに終わったんだし。
 職員室に行くと――。
 なんとわだぬきと麻生がッ!
「な……何でアンタら二人がここにいるの?!」
 麻生はわだぬきと顔を見合わせた。
「あ、秋野もしかして知らない?」
「我々は和平協定を結んだのだ」
 えええええええっ?! 全然知らなかったわよッ!
「麻生は桐生に負けた後、八百長疑惑撤回を発表したんだ。……ネット上で」
「それから、俺ら話し合って無事仲直りってわけ」
 へぇ〜、そうだったのか。
 それにしても、えらいわねぇ、麻生。ちゃんと間違い認めるなんて。しかも、大勢が見ている前で。
 将人は何にも言わなかったけど。
「ありがとう、麻生。今度お礼がしたいわ」
「じゃあ、俺達の教会に来てくれ。しおりがアンタに会いたがってる」
 うっ……哲郎がごてそうだなぁ。
 あっ、そうそう。ごねるという言葉があるみたいだけど、あれ間違いなのね。正しくは『ごてる』。ごねるって、死ぬっていう意味合いがあるみたいよ。えーと……確か。
 つまり、文句や不平をたらたらと言うことね。
 でも、麻生には借りがあるみたいだからなぁ……。
 よし! この際哲郎には納得してもらおう。出来る限り、説得しよう。
「わかったわ」
 でも、『俺達の教会』なんて……神光教会は、やはり麻生の母教会なのね。我が家でもあるし。
 クリスチャンて、どんなこと考えて生きてんのか、この際訊いてみようかしら。
 でも、麻生に訊いても参考にならなさそうだし(何せ今までが今までだしねぇ)、しおりはそんなことあんまり考えていなさそう。
「ところで麻生先輩。冬美どうしてる?」
「冬美か。冬美は相変わらずさ」
 相変わらずって……どう相変わらずなんだろう……。
 ま、私には直接の関係はないわね。
 でも、麻生と付き合っていながら他の男と浮気でもしていたらひっぱたくぐらいの覚悟はできてんだ。もちろん、他の人に対しても同様。
 何だか、私の中では、麻生の株が格段に上がったみたい。
「おほん、おほん」
 わだぬきがわざとらしく咳払いをする。
「どうして俺達がここにいるのか、訊かないのかね」
 あ、忘れてた。
「どうして新聞部の部長連が職員室にいるの?」
 不祥事やらかして怒られたのかしら。新聞部、曲者ぞろいだからねぇ……。
「猫を撮りに来たんだよ。フクを!」
「えっ?」
 猫一匹にそんなに情熱を傾けるわけ? なんか、新聞部ってはっきり言って……。
「暇人が多いわね」
 つい声に出して言ってしまった。
「そんなこと口にしていいのかね? 連れてきたのはお宅のリョウだぜ」
 あ、そうだ。リョウ!
 リョウはとろけそうな顔をしながらフクを撫でている。
「ちょっとリョウ、行くわよ」
「えー、もうちょっとここにいようよぉ。ほら。先輩方だってオレら撮りに来たんだし」
「被写体はアンタじゃなくてフクでしょ。それに、本当は猫連れて来ちゃいけないんだから! 先生方の多大な温情によって置いてもらっただけなんだから」
「ちぇー」
「あ、俺らが撮ってから帰ってください」
「え? オレ、部活行かなくていいの?」
「今日は、フク連れてくれぐれも真っ直ぐ帰りなさい!」
 私はリョウの茶色っぽい目をひたと見据え、釘を刺した。
「いいわね。部長さん達もそれで」
「仕方ねぇなぁ。いいことにしてやるよ。顧問には俺が言っとくから」
 そう。新聞部にも顧問がいるのだ。かなり影は薄いが。
「ずりぃんだ。俺も猫飼おっかな」
「麻生先輩。妹さんが猫飼いたいと言ってたわよ」
「何でそれを知ってんだ! やっぱりおまえら連絡取り合ってんだろ! 俺にも番号教えろよ!」
「嫌です」
 私はそう言い置いて、部活に行こうとした。
「あら、秋野さん」
「村沢先生……」
「部活でしょ? 一緒に行きましょ」
「は……はい」
 廊下を歩きながら、村沢先生は喋った。
「フクって言うの? 可愛い猫ちゃんね。でも、勝手に前例作られては困るわ」
「はい……」
「ああ、教頭先生も娘さんには甘いんだから……」
 村沢先生、どこから聞いた……。
「あの時、私がいたんだから、注意してればねぇ……でも、松下さんのへそ曲げたくないし……」
「頼子、まだ扉絵描いてないんですか?」
「あー、それはもうもらったの。綺麗な蝶々が飛んでるところ」
 へぇ、頼子の好きそうな少女漫画ちっくな構図だな。
「じゃあ、何で?」
「イラスト数点描いて欲しいの。ぱぱぱーっ、と。あ、でもそんなに簡単にできるもんじゃないわね」
 村沢先生があははと笑う。
「ううん。イラスト数点ならあっという間ですよ。頼子だったら」
 文章もだけど、絵も得意だからなぁ、頼子は。
 平凡な画力しかない私には羨ましい。
 尤も、上手なら上手なりの悩みがあるらしくて、
「私、器用貧乏なのよね」
 と洩らしていたことがあった。
 器用貧乏って何さ! あんだけハイレベルな文章も絵も書けて!
「小説ではアンタに敵わないって思うもの」
 これは頼子が私に言った台詞。
 そうかなぁ……とは、私は謙遜しない。少なくともこの点では。
 確かに、私の方が、文章書くのは向いてるんだ。でも、頼子とは良き友でライバルよ!
 でも、そのうち追い抜かされそうだなぁって、思ってるの。頼子も文章力つけてきたから。
 そしたら頼子は万能選手よ。しかも、運動もそこそこできて、筆記試験は抜群に優秀で……。
 ああっ! いかん! みじめになってきたッ!
 城陽行っても頼子は目立っただろうな……。
 彼女に『城陽』は禁句だけど……でも、そろそろ吹っ切れてきたかな?
 私と村沢先生が図書室に行くと――頼子が猫の本読んでた。
 未来で頼子が飼う『ミヤコ』は、一体どんな猫なんだろう。話に聞くのが楽しみだな。まさかリョウのバカみたいに学校連れてくることはしないだろうから。
 村沢先生が一言二言頼子に言った後、「お願いね」と、相手の肩をぽんぽんと叩いた。

おっとどっこい生きている 120
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