おっとどっこい生きている 私は帰るとえみりに、こんな時間まで何してたのよぉ、言ってごらん、ほれほれ、と絡まれた。夏至の頃だがもう陽は傾きかけている。 リョウがソファに寝っ転がって、フクと戯れている。 「お帰り、秋野」 リョウは私に気付くと、こちらに顔を向けた。 「ご飯、作ったわよ」 「あら。残り物があったじゃない」 「足りないわよ。育ち盛りがたくさんいるんだから」 そうか。えみり、えらい! 「えみりサンの飯、秋野の作ったのより旨かったぜー」とリョウ。 「――じゃあ、今度からリョウの好物作ってあげないからね」 「……オレが悪かった」 「兄貴と哲郎さんは?」 私はリョウをあっさり無視してえみりに訊いた。 「二階にいると思うわよ」 ふうん。小説見て欲しかったのにな。そう、あの『黄金のラズベリー』である。 「用があるなら、伝えとくけど」 「今でなくていい。……ねぇ、えみりさん、小説批評してくれる?」 「ああ。アタシ小説とかそういうの苦手。リョウに読んでもらったら?」 「リョウに?」 私はさぞかし目をまん丸にしていたに違いない。 「リョウ、本読めるの?」 「意外でしょう。結構読んでるのよ。この子」 「マンガの方が好きだけどな」 リョウが横合いから口を挟む。 「そんな小説なんかより、アタシは恋バナの方がいいしー。ねぇ、今日、みどりを巡って麻生と将人くんが決闘したんだって? そういう話の方が聞きたいな―」 「決闘だなんて、そんな大袈裟なもんじゃ……」 それより、何でえみりがそんなこと知ってんの。 ……リョウから聞いたな。私はリョウを睨んだ。 「怖い顔すんなよぉ、秋野」 リョウはへらへらと笑ってフクを撫でた。フクは不服そうに鳴いた。 あれ? でも、あの時リョウはいなかったはずじゃ……。 「俺も見たかったなぁ。桐生サンと麻生の戦い。どうして秋野がいいんだかわからないけど」 言ってくれるじゃない。私だって疑問に思ってるのよ。どうして私なのかって。 「アンタ、あの時いなかったわよね」 「うん」 「何してたの?」 「『自慢のわんことにゃんこ十選』という記事書いてた」 「楽しそうね」 「ああ。もうすっげ楽しかった! どの猫もフクにはかなわねぇけどな!」 リョウはフクに頬ずりした。フクは迷惑そうにうにゃん、と声を出した。 「フクも出せれば良かったなぁ」 「だって、フクはまだ私んちの猫って決まったわけじゃ……」 「フクは俺達の猫だよ、な?」 リョウがえみりに同意を求めた。 「うーん。はっきり捨て猫ってわかってるわけじゃないんだよね。実は。そこら辺をうろうろしてただけだし、それに、野良にしては毛並みがいいでしょ」 「オレ、絶対離さないかんな。フクのこと」 リョウにつかまったフクは可憐な声で鳴く。 ま、首輪つけてないから、十中八九捨て猫だろうけど。 携帯の音楽が流れた。 「バッハインベンションの一番? 何でそんな曲使うの」 「いいでしょ? 私の勝手よ」 私が弾ける唯一の曲なんだから思い入れもあるし。それにしても、リョウがバッハインベンションを知ってるなんてねぇ……音楽には詳しいみたいね。読書家みたいだし、物知りなのかもね。 と、私はちょっと見直しながら、鞄から携帯を取り出した。 「あ、みどりちゃん? 美和でーす」 「ん? 何?」 「今から教会来られない?」 「行けないことはないけど……何すんの?」 「みんなでお祈りするの」 そう言えば、木曜は祈祷会というのがあるみたいだった。参加したことはないけど。 「哲郎さんも連れて来てさ」 「いいけど……アンタご飯ちゃんと食べた?」 私だって帰ってきたばかりである。 「あ、あのね。岩野牧師の奥さんがね、パスタ作ってくれるって」 「じゃ、行ってもいいかな」 「ほんと?!」 「ただし、哲郎さんは今勉強中かもしれないけどね」 「いいよー。みどりちゃん大好き」 こう言うことをさらっと言ってしまうのが美和なんだなぁ。 「わかった。ちょっと待ってて」 「うん」 電話が切れた。 「あー。誰から?」 リョウが訊いた。 「美和よ。佐伯美和」 「おー。あのべっぴんさん」 「……リョウ。べっぴんというのは古いんじゃないの?」 「そんなことねぇよな。ね、えみりサン」 「んー。アタシは何とも言えないけれどね」 「私、哲郎さん呼んでくるね」 私は哲郎さんの部屋へと向かった。コンコン、とノックする。 「誰だい?」 中から声がする。 「みどりだけど」 「おお。みどりくんか。入っていいよ」 私は哲郎の部屋に入ると、教会の祈祷会に友達から誘われてるんだけど哲郎さんも行かない?と言う話をした。 「ああ、それはいいね」 哲郎は笑顔だ。 「哲郎さんもずっと勉強では飽きるでしょ? 心をリフレッシュさせる為にもさ」 「そうだね。いいかもしれないね」 哲郎も乗り気だ。やった! 私達は二人で階下へ降りて来た。 「えみりくん、稜くん。僕達、教会行ってくるね」 「行ってきます」 「行ってら」 体を起こしていたリョウはフクを膝に乗せながら手を振った。行ってら、と言うのは、行ってらっしゃいの略らしい。金髪おっ立ててるくせに、そういう気遣いはできるんだなぁ……。 「みどり、明日はアンタが夕飯作るのよ」 「わかってるって、えみり。兄貴によろしく」 私はお気に入りの靴を履いて、哲郎と連れ立って出て行った。 おっとどっこい生きている 109 BACK/HOME |