おっとどっこい生きている
1
 秋野家は、この界隈じゃ有名な家だった。
 江戸時代から同じところに住んでいるのと、この辺じゃ一番大きな家ってことが、主な理由だと思う。
 おじいちゃんやおばあちゃんがいた頃は、用のある人だのない人だのがいつもうろうろしていた。小さい頃、その人達によく可愛がってもらっていた。でも、いつの頃からかそんなこともなくなってしまった。おじいちゃんもおばあちゃんもいなくなってしまったし、みんなどこかへ行ってしまったみたいなのだ。
 私はおばあちゃん子だった。よくおばあちゃんの膝に抱かれて遊んでいた。縁側のある座敷の部屋で、本を読んでもらったり、お手玉をしたのを覚えている。そこはいつもぽかぽかと暖かかったような気がする。優しく、(みどり、みどり)と呼ばれていた。
 おばあちゃんは五年前に死んだ。その前には、おじいちゃんも。
 私はぼろぼろ泣いた。それは、別れが悲しいので泣いたのではなく、置いて行かれた――そんな涙だった。
 本当に、あれで秋野家には、私以外、常識人がいなくなってしまった。
 お父さんもお母さんも兄貴も、私にしてみれば宇宙人みたいだった。それは何も私だけの感覚じゃあない。ご近所の方も保証済みだった。
 この三人は、いつもにこにこしている。私は彼らの怒った顔をあまり見たことがない。それを全部私におっつけているのだ。おかげで私は、三人の分まで怒らねばならなかった。
 怒りんぼのおじいちゃんに、優しいがしっかり者のおばあちゃん――私一人だけ先祖がえり。私はいつも溜息を吐く。ああ、おじいちゃんとおばあちゃんが生きていれば、と。
 クラスメートも、多かれ少なかれ、理解のできない存在だ。何かあるとすぐ、私の考えは古いと言われる。その度に私は、いいものに古いも新しいもないと言って怒る。
 やなんだよ。どいつもこいつもだらっとしてさ。制服もだらっと着てる。もったいないじゃない? お洒落か何か知らんけどさ、あんな風に着られちゃあ――八十年続いてきた伝統校の、紺の服に白いリボンのセーラー服が、台無しというものだ。茶髪やルーズソックスなんてのは論外。そんなもの校則で固く禁じられているので、大っぴらにやる人間はいないが、それでもどこかが崩れている。わざわざ着替えてそんな格好をしている人もいるという――ばかばかしい!
 高校生は、おさげかおかっぱで充分なんだ。というと、全校生徒から一斉ブーイング。かくいう私は、肩までのストレートのおかっぱだ。髪は一度も染めたことがないのが自慢だった。
「秋野くん。君はあと五十年早く生まれていればよかったねぇ」
 何かのときに、年配の河野先生が、しみじみと、同情するように口にした。でも、なんて意味のない言葉! 私は現実には、平成生まれの女子高生として暮さなければならないのだから。
 携帯も持ってない。必要ないからだ。
 みんなに変わり者扱いされる私だが、少数ながら、友達は、いる。しかし、携帯で繋がっているような、そんな関係ではない。
 直に会って意見を交わし、少しは喧嘩しながらも、仲よくやっている。
 そういう、ささやかだけど平凡な、高校生活を送っていた。
 だいぶ暖かくなってきた三月。春休みになって、ふぅ、やれやれと一息吐いていた私に、うちの宇宙人の父は、とんでもないことをのたまった。
「みどり、僕、トンガへ海外赴任することになったよ」
「――え?」

おっとどっこい生きている 2
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