ニューヨークへようこそ! 4

 龍一郎が目を覚ますと、木製のこじんまりとした部屋だった。
「気がつきましたかな」
「ここは……」
「私の部屋です。あ、申し遅れました。私はここの教会の最高責任者、マウロ・グリーンと申します。調子はいかがですかな」
「あ……」
 思い出した。この教会に来てゲイの男――いや、少年に突然キスされたのだ。
「だ、大丈夫なようです」
「龍一郎」
 リチャードの声がする。アイリーンが心配そうに自分の胸元に手を置いていた。
「龍一郎……どうして気絶したんだね?」
 リチャードが訊く。
 ああ、そうか……僕、気絶したんだ。生まれて初めてだ……。
 原因はわからない。いや、わかってるが認めたくない。ゲイにキスされたショックで倒れたなんて……。
 勿論、同じ日に命を奪われそうになりかけ、気持ちが張りつめていたせいもあるかもしれないが。
「よっ」
 目の前に出てきたのはさっきの少年だった。レナード・オルセンだ。
「わぁっ!」
 龍一郎が叫んだ。リチャードはくっくっと笑った。
「龍一郎。私はここの教会が気に入ったよ。今まで教会なぞ大嫌いだったが、グリーン牧師はいい人だし、それに……」
 リチャードはレナードの肩に手を置いた。
「この子がいるからな」
「離せよ。オジンは嫌いなんだよ」
 レナードはリチャードの肩をぱんとはねつけた。
「勿論、私もゲイではない。君に対する龍一郎の反応が面白くてな」
「リチャードさん……」
 龍一郎はリチャードに恨みがましい目を向けた。どうも、今はリチャードの方が一枚上手な気がする。それにしても、どうしてレナードは教会に来ているのだろう。来ても寝ているのに。――龍一郎は、男色は神のご意志ではないと、ソドムとゴモラの話でレナードを説き伏せようとした。
「レナード、君はどうして教会に来ているんだい?」
「来たくて来てるわけじゃねぇよ」
「おお、私と一緒だ」
 リチャードが同志を見つけた、というように嬉しげな声を出した。
「レナードは私の遠い親戚でね……何とかしてくれるよう彼の両親に頼まれたんだよ」
 老牧師が言った。ソドムの男だから何とかしてくれか。わかるような気がする。龍一郎は恨みを込めてそう思った。
 ――かちゃり、と扉が開いた。
「あら、お邪魔?」
「ジェシカ」
 老牧師はどこかほっとしたようだった。
「紹介しよう。この子はジェシカ・イーストウッド。ここの信徒だ」
「どーもー」
「あ……柊龍一郎です。どうも」
 ジェシカは長いストレートの金髪の美少女だった。龍一郎は不謹慎ながらも、アイリーンといい、やはりアメリカは可愛い娘が多いな、とやに下がるのを止めることはできなかった。
「お花持ってきたのよ。あら、リチャードさん、アイリーン。ホモも一緒ね」
「誰がホモだ」
「アンタのことよ」
「けーっ! てめぇなんか地獄に堕ちればいいんだ!」
「お生憎様。男色の罪で地獄に落ちるのはアンタの方よ。ねぇ、リチャードさん」
「ん……」
「リチャードさん、ジェシカさんとお知り合いですか?」
「リチャードさんはあたしの初恋の人なの」
「へぇ……どこで知り合ったんですか?」
「子供の頃よ。リチャードさんは当時からカッコよくてね……ま、尤も、リチャードさんは別の女に惚れてるんだけどね」
「マリー・ラッセンさんですか?」
「そうよ。あなた、よく知ってるわねぇ」
「ピーターさんから聞きました」
「ピーター? もしかしてベルクソンさん?」
「そうです」
「あたしもあの人知ってるわ。いい方よね。教会でも時々会うし。それにしても――」
 ジェシカが視線をリチャードに向けたので、つられて龍一郎もそちらを見遣る。
「リチャードさんが教会に来るなんてね――」
「いや、私は龍一郎とアイリーンに無理やり連れて来られたんだ。でも、この教会はいい教会だ。また来ようと思っている」
「そう。あたしも教会に来るのが楽しくなるわね。リチャードさんやアイリーンが来るとなると。で、この子なんだけど――」
 ジェシカは綺麗に手入れされた指で龍一郎を指さした。
「この子、日本人ね。どうしてこの国に来たの?」
「ピーターさんに誘われました。後、神学校で本気で勉強しようと思いまして」
「あら、神学校。この教会にあるわよね。グリーン牧師」
「ああ。龍一郎。一緒にここで勉強しよう」
 おあつらえ向きだ。神様は全てを用意してくださる。龍一郎は神に感謝した。
「龍一郎が行くなら……オレも来てもいいかな」
「え……」
 レナードの台詞に、龍一郎が思わず変な声を出した。
「い……嫌かな」
「いや、別に……」
 本当は嫌なんだけど。
(でも、神様はどんな人でも受け入れてくださる。彼だって、改心をして男色の罪をやめれば……)
「動機が不純ね。レナード」
 ジェシカが腰に手を当てて呆れたように言った。
「ほっとけ、ジェシカ」
「あのー、私達も来ていいかしら」
「アイリーン! アンタ達なら大歓迎よ! 実はあたしも時々来てるのよ。神学校に」
「神学校では、汚い言葉で男を罵ることを習ったのかい?」
 レナードが反撃する。
「あら、だってあなた男じゃないでしょ? ソドミアンなんだから」
「正常な男だって、おまえなんぞ相手にはしねぇよ。そうだろ? 龍一郎」
 こっちに回ってくるとは思わなかった。
「あの、僕は……」
「何よ。はっきりしない子ね。日本人て、みんなそうなの?」
「あのさ、ジェシカ。その人の年齢わかってんのか?」
 と、レナード。
「16くらいじゃないの?」
 レナードと同じことを言う。――龍一郎は密かに考えた。そして、そんなに子供に見えるのかと、少し不愉快だった。
「24だぜ。24」
「ええっ?!」
 ジェシカは飛びのいた。
「日本人は若く見えると言うけどねぇ……ちなみにあたしは19。こいつと同じ大学に通ってんの」
 ジェシカは親指でレナードを指した。
「こいつとは何だ。こいつとは」
「楽しそうね。グリーン牧師、神学校でも宜しくお願いします」
 アイリーンが言う。
「はい」
「私も神学校とやらに行くのかい? アイリーン」
 リチャードはあまり乗り気でなさそうだ。彼の言葉に、だからさっきそう言ったじゃない、とアイリーンが嘯く。詐欺師が教会に来るなんて……と、龍一郎は思ったが、それはどこかユーモラスな出来事のように思えた。

2015.12.7

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