ニューヨークへようこそ! 3

「ピーター・ベルクソンか……。本人に会ったことはないが、家は知ってる――よし、行こう」
「行こうって……」
「私も挨拶に行くんだよ。ほら、私は君の命の恩人だから」
 何でそんな風になるんですか――と、龍一郎は反駁したかったが、かける言葉が見つからない。それに、リチャードのおかげでピンチを乗り切れたのは事実だ。
「私も行くわ」
 と、アイリーン。龍一郎は、
(もう――勝手にしろ!)
 と、半ば自棄になりながら思っていた。
「ああ、そうだ。お金返していただけませんか? 大事な所持金なんで」
「ああ、今日は雨が降りそうだな」
 リチャードは龍一郎の催促を無視した。

 龍一郎の案内でたどり着いたリチャードはベルクソン家のベルを鳴らす。ドアが開いてピーターが現れる。
「はーい。あ、あなた方は……」
「リチャード・シンプソンです。どうぞお見知りおきを」
「アイリーン・シンプソンです」
 シンプソンコンビは頭を下げてピーターに挨拶した。
「ああ、アンタ達が噂の!」
 ピーターの口調が途端にくだけたものになった。
「僕の……命の恩人です」
 一応ね。――龍一郎が心の中でそう付け足しながら言った。
「じゃあ、無事に逃げることができたんだね」
 ピーターは安堵したようだった。リチャードが言葉を継いだ。
「ええ。龍一郎が『僕はここです!』と叫んで姿を現した時には肝を冷やしましたが。無茶をする子供ですね。全く。私がフォローしましたがね」
「誰が子供ですか。誰が。僕だってリチャードさん、あなたに頬をぶたれた時にはびっくりしましたよ。それに、僕はもう24ですよ。自分の面倒は自分で見れます」
「えーっ?!」
 リチャードとアイリーンが同時に声を上げた。
「私、てっきりティーンエイジャーかと……」
「私もだよ、アイリーン!」
「日本人て若く見えるっていうけど本当ね!」
「ああ、化け物だな、化け物」
 龍一郎のこめかみがピキッと鳴った。
「誰が化け物ですか……こう見えても僕は平和的な牧師を目指す一介の青年ですからね。化け物だなんてとんでもない。それに、化け物なんて、キリスト教では異端のはずでしょう?」
「あの男がマシンガンを持って僕達の前に来た時は冷や汗が出たよ」
 ピーターが龍一郎を無視して話を続ける。
「龍一郎が駆け出して、マシンガンを持って襲い掛かるあの男から無事逃げ延びることができたか気になってたんだが……無事に帰ってくることができてよかったね、龍一郎。神様のご加護だね」
「ええ。全ては神様のおかげです」
 そして、リチャードやアイリーンに会えたことも……。ちょっと反感を覚えたことがあっても、龍一郎はこの二人がさほど嫌いではない。犯罪に手を染めてはいても、どこかに優しさがあるのだ。
 それにしても……リチャード達には、自分のやったことの責任を取らせねばならない。
「ピーターさんに聞きましたが、警察はあなた方に手が出せないようですね。――だから、教会に行きましょう。そこで自分の罪を神様に懺悔するのです。牧師でもいいですけど」
「うわぁっ! 助けてくれ!」
 リチャードは青くなって喚いた。ピーターはにやにや。
「ま、これを機にアンタ達も改心して神の信徒となるのもいいんじゃないのかな」
「私はいいわよ。好きでやってた仕事じゃないんだし」
 おお、アイリーン……。龍一郎は敬うような目で彼女を見つめた。
「――とんでもない者を助けてしまった……」
 リチャードが頭を抱える。龍一郎はピーターに向き直った。
「あの、近所に教会とかありますか? できればプロテスタントがいいんですけど、カトリックでも、文句は言いません」
「それならおあつらえ向きのところがある。――セントラル・ピース教会と言って、老牧師がやっているところだ。君はプロテスタントだね? 龍一郎」
「はい」
「それならそれで、プロテスタント一本に絞った方がいい。教会は真っ直ぐ行って左だ」
「その教会なら私も知っているわ。案内してあげるからね。……今度は本当に案内してあげるわ」
 アイリーンは乗り気な様子でそう言った。この子も芯から悪い娘ではないらしい。しかも美人だ。龍一郎は心がときめくのを抑えきれなかった。
「私達が行かなくても、あそこなら迷いようないではないか……」
「僕、道に迷うの得意なんです」
「威張って言うことじゃないだろう……」
「だから――」
 龍一郎はにこっと笑った。
「道案内お願いしますね。リチャードさん、アイリーンさん」
「ああ……」
 リチャードは再び頭を抱えた。さっきとは立場が逆転していた。

「何でリチャードさんは教会が苦手なんですか?」
「教会が苦手? そんなこと言ったかしら」
 龍一郎、アイリーン、リチャードがぽくぽくと街道を歩いている。
「あのリアクション見たらわかりますよ」
「リチャードさんはね、教会が嫌いなのではないの。不信心で罪人の自分には罰が与えられると思っているのよ。歯医者を嫌がる子供と同じね。――ほら、ここよ」
「わぁっ……」
 龍一郎は相好を崩した。赤いとんがり屋根の上に黒の十字架。窓にはステンドグラスが嵌め込まれている。小さいけれど、素敵な教会だ。
「僕、ここに世話になることできるかな」
「ここの牧師は来る者拒まずって聞いたことがあるわ。多分私達のことも受け入れてくれるわよ。行きましょ。リチャードさん」
「ああ……」
 アイリーンに引っ張られるリチャードを見て、龍一郎は年甲斐もないところが可愛いなと思った。そういえば、リチャードはいくつなのだろう。
 しかし、それよりもまず、責任者に挨拶だ。
「失礼します……」
 重いドアがぎいっと鳴った。老牧師が説教をしている。誰もいないのに――と龍一郎は思ったが、いた。一応、聴いている者が。
 いや、聴いているのかどうかわからない。何故ならその者は眠っていたからだ。
 龍一郎は腹に据えかねた。
(失敬な人だな。説教の最中に居眠りなんて)
 その男――男だろう。長いキャラメルブロンドの髪はひとつにして高く結わえているが、女には見えない。年齢は本物のティーンエイジャーぐらい。ステンドグラスの色とりどりの光に当たりながら、気持ちよさそうに眠っている。龍一郎は心を鬼にして、
「君、君、起きなさい」
 と、少年――或いは青年か――を揺すった。
「ん……んんん……」
 少年は瞼をこすった。
「説教中に眠ってしまうなんて、いけないことですよ」
「誰だ……アンタは」
「僕ですか? 僕は柊龍一郎です」
「へぇ……こんなカワイイ子いたんだ」
「いいですか? 僕はここの牧師さんに代わって――」
「――アンタ、いくつよ」
「そんなことは今は関係ありません。――24です」
「へぇ……16を一日でも超えてないように見えるけどなぁ」
「そんなことより今は説教を……」
「直毛だね。オレ、好きだな。アンタの黒い髪」
「聞いてますか? 説教を聞かないということは、つまりイエス様への冒涜であって――ん」
 龍一郎が少年にキスされた。龍一郎が男を撥ね飛ばした。少年は後ろざまに座っていた長椅子の空いたスペースに倒れた。少年が「いてて……」と頭を撫でる。龍一郎は唇を手の甲で拭い、動転しながら言った。
「な……な……何するんですか!」
「アンタ、めちゃくちゃカワイイからさ。――注意した方がいいぜ。オレ、レナード・オルセン。宜しくな」
「あ……挨拶ですか?」
 海外では、挨拶代わりにキスをすると言うことは聞いたことがある。しかし、アイリーンはそんなことしなかった。――期待していたわけではないが。
「んー。それもあるけど……オレ、アンタのこと気に入った。オレ、ゲイなんだよね」
 ゲイの男にファーストキスを奪われた……。
 今度は龍一郎の方がショックで倒れ込んだ。リチャードのざまぁ見ろと言いたげな顔が脳裏を過ったような気がした。

2015.11.27

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