かつてのスターに花束を ケヴィンが歓声を上げた。 「なぁ、俺達も見ていいよな!」 「う……」 カレンは言葉に詰まった。 「駄目に決まってるでしょ。彼女はリチャードさんの為にシナリオ書いたんだから。順番順番」 エレインが仕切る。 「俺は?」――とリョウ。 「あなたも駄目」 「ちぇっ」 リョウは不満そうに舌打ちをした。 リチャードは、じっと検分した。時々笑った。時々眉間を押さえた。彼は読むのが早かった。読み終えると彼は言った。 「私のこと、調べたのかい?」 リチャードは薄い青の目をカレンに向けた。 「え? ああ……少し……といっても、参考程度にですけど……」 「よくできてる……」 そう言って、上手いとも下手だとも言わぬまま、リチャードはカレンに原稿を渡した。 「あ……ありがとうございます……」 カレンは少し戸惑っているようだった。 「なぁ、もう見ていいかい?」 「は、はい……」 リチャードは黙ったまま酒を飲む。リョウとケヴィンが設定集に目を通す。やがて、ケヴィンが―― 「なるほどね」 と、ぽつんと言った。 「どうしました?」 カレンが息を飲んで聞く。『なるほど』の一言で片づけられたのが、そんなに悔しかったのだろうか。 「上手くできてるよ。ただねぇ――ま、テクニックのなさは仕方ないんだが……ギルバート・マクベインのことを悪く書いてるだろ」 「はっ、すみません。彼には憎まれ役になってもらいました」 「あのな、リチャードはギルバートのファンなんだよ」 「ええっ?!」 カレンは叫び声を上げた。まさか、そんなことがあるとは思わなかった。芸風も、性格も違う二人である。てっきり仲が悪いのかと思っていた。 「それ以外は合格点をあげてもいい。だが――アンタ、これをどこで調べた」 「え……」 何故ケヴィンがそんなことを言ったのかわからないようだ。知らないところは想像力で補ったのだろう。その想像力が――鋭過ぎた。 「何で、そんなことを聞くんですか? 図書館とかでいろいろ調べましたが――」 「俺の言ってるのはそんなことじゃないんだよ、嬢ちゃん。アンタは――俺達しか知らないことも書いている。これは危険な作品だ。とても危険な……」 「そ、そんな……」 「これは俺だったら即座に破り捨てるね。アンタ、才能あり過ぎるんだよ。妬まれたことはなかったかい?」 「は……昔……少し……」 「だろうね」 ケヴィンはエレインに向き直った。 「酒!」 「カレン――」 リチャードは言った。 「才能があることは決して悪いことじゃない。この台本も、とてもいい。ただ――私は世に出して欲しくない」 「……わかりました」 「ちょっと! カレンばかりを悪者にすんなよ!」 リョウが叫んだ。長い髪が揺れた。 「これが現実に起こったことなら――カレンは現実を見抜く才能があったってことだろ。これだからじじい連中はやだね。過去を葬り去ることしかしようとしないで」 「リョウ!」 ケヴィンがびぃん!と腹に答える声を出した。リョウが、思わず身を引いた。 「言っていいことと悪いことがある」 そして、ケヴィンがグラスの中身を呷った。 「つまりはな――リチャードとロザリーの関係にある」 ケヴィンは説明した。 「ロザリーはリチャードを愛したが――リチャードは振り向かなかった。ここまではいい――」 ケヴィンは眉を寄せた。 「だが――その後、リチャードとロザリーが一晩愛し合ったっていうのは――書き過ぎだと思うよ」 「あくまで私の想像ですが――」 「これは本当の話だ」 とリチャードは言った。 「あの時、つっぱねていたら、ロザリーは過去の夢を求めて、アルコールに逃げはしなかったろうし、オブライエン夫人として幸せになっていたかもしれない――私はずっと後悔し続けていた――」 「何だよ。おじさん。悪い男だなぁ」 リョウが言い終えると、困ったように口をへの字に曲げた。 「でも、おじさんのせいと言えないと思うよ。それ。ロザリーは弱い女だったんだ。恋愛にしか生きられないような――」 「他人のリョウに言われたくはないけど――実の娘からしても、そう思うわ」 エレインが話に入ってきたので、みんなそっちの方を向いた。 「母は弱い女だった――けれども、同情する気にはなれないわね。あなたもよ。リチャード・シンプソン。もっとしゃきっとしなさい。私、弱い人間は大嫌いなの」 「相変わらず女傑だなぁ」 とリョウが呟いた。尤も、女傑でなければ、やっていけない商売かもしれない。生きていけない人生だったかもしれない。 「エレイン。君のそういうところが、私は好きだ」 「私は母とは違うわ」 「わかっている。だから好きなんだ」 リチャードは微笑んだ。カレンはリチャードの横顔を見つめていた リョウは面白くなさそうだった。 「カレン――このシナリオは、他の誰かに見せたの?」 「ううん。あなた達だけよ。どうして?」 「このシナリオ――書き直したらすごいかもしれない」 「ありがとう。でも、書き直すと言っても――……」 「カレンにだったらできるよ」 リョウは立ち上がって、カレンの肩をぽんぽんと叩いた。そして、何事かを囁いているようだったが、カレンは首を横に振った。リョウが何と言ったのかは、リチャードにはわからない。 だが、エレインがあっさりリチャードの疑問を打ち砕いた。 「口説いてたの? リョウ」 「ふられちゃったけどね」 リョウは笑って舌を出した。 「カレンはリチャードさんが好きなんだよ」 「そういう理由じゃないんだってば! ただ――シナリオを練り直そうと思って――……」 「そうだ! カレン! うちに来るといい」 「うちって……?」 「リチャードさん家だよ。俺もお世話になってる。脚本の取材にはなると思う」 「リョウ。彼女は一度我が家に来てるんだよ」 と、リチャードが教えた。今更隠すこともない。 「ええっ?! カレン大丈夫?! 襲われなかったかい?!」 リョウがカレンの肩をがっしと掴む。その声音は真剣だった。 「ええ。大丈夫よ。リチャードさんは、紳士で、大人で――……」 「好きでもない女と寝るのが紳士かね」 「その話は蒸し返さないで!」 エレインがびしっとリョウを指差して言った。 「私はいいけど、リチャードさんを困らせるようなことは、私は断じて許さないからね!」 一拍置いてから、わかったよ、と弱り切ったようなリョウの台詞が聞こえた。エレインに叱られたのが、こたえたらしい。彼は女に弱いな、とリチャードは思った。苦笑するほどの心の余裕はまだなかったが。 かつてのスターに花束を 9 BACK/HOME |