かつてのスターに花束を
8
「おお、面白そう!」
 ケヴィンが歓声を上げた。
「なぁ、俺達も見ていいよな!」
「う……」
 カレンは言葉に詰まった。
「駄目に決まってるでしょ。彼女はリチャードさんの為にシナリオ書いたんだから。順番順番」
 エレインが仕切る。
「俺は?」――とリョウ。
「あなたも駄目」
「ちぇっ」
 リョウは不満そうに舌打ちをした。
 リチャードは、じっと検分した。時々笑った。時々眉間を押さえた。彼は読むのが早かった。読み終えると彼は言った。
「私のこと、調べたのかい?」
 リチャードは薄い青の目をカレンに向けた。
「え? ああ……少し……といっても、参考程度にですけど……」
「よくできてる……」
 そう言って、上手いとも下手だとも言わぬまま、リチャードはカレンに原稿を渡した。
「あ……ありがとうございます……」
 カレンは少し戸惑っているようだった。
「なぁ、もう見ていいかい?」
「は、はい……」
 リチャードは黙ったまま酒を飲む。リョウとケヴィンが設定集に目を通す。やがて、ケヴィンが――
「なるほどね」
 と、ぽつんと言った。
「どうしました?」
 カレンが息を飲んで聞く。『なるほど』の一言で片づけられたのが、そんなに悔しかったのだろうか。
「上手くできてるよ。ただねぇ――ま、テクニックのなさは仕方ないんだが……ギルバート・マクベインのことを悪く書いてるだろ」
「はっ、すみません。彼には憎まれ役になってもらいました」
「あのな、リチャードはギルバートのファンなんだよ」
「ええっ?!」
 カレンは叫び声を上げた。まさか、そんなことがあるとは思わなかった。芸風も、性格も違う二人である。てっきり仲が悪いのかと思っていた。
「それ以外は合格点をあげてもいい。だが――アンタ、これをどこで調べた」
「え……」
 何故ケヴィンがそんなことを言ったのかわからないようだ。知らないところは想像力で補ったのだろう。その想像力が――鋭過ぎた。
「何で、そんなことを聞くんですか? 図書館とかでいろいろ調べましたが――」
「俺の言ってるのはそんなことじゃないんだよ、嬢ちゃん。アンタは――俺達しか知らないことも書いている。これは危険な作品だ。とても危険な……」
「そ、そんな……」
「これは俺だったら即座に破り捨てるね。アンタ、才能あり過ぎるんだよ。妬まれたことはなかったかい?」
「は……昔……少し……」
「だろうね」
 ケヴィンはエレインに向き直った。
「酒!」
「カレン――」
 リチャードは言った。
「才能があることは決して悪いことじゃない。この台本も、とてもいい。ただ――私は世に出して欲しくない」
「……わかりました」
「ちょっと! カレンばかりを悪者にすんなよ!」
 リョウが叫んだ。長い髪が揺れた。
「これが現実に起こったことなら――カレンは現実を見抜く才能があったってことだろ。これだからじじい連中はやだね。過去を葬り去ることしかしようとしないで」
「リョウ!」
 ケヴィンがびぃん!と腹に答える声を出した。リョウが、思わず身を引いた。
「言っていいことと悪いことがある」
 そして、ケヴィンがグラスの中身を呷った。
「つまりはな――リチャードとロザリーの関係にある」
 ケヴィンは説明した。
「ロザリーはリチャードを愛したが――リチャードは振り向かなかった。ここまではいい――」
 ケヴィンは眉を寄せた。
「だが――その後、リチャードとロザリーが一晩愛し合ったっていうのは――書き過ぎだと思うよ」
「あくまで私の想像ですが――」
「これは本当の話だ」
 とリチャードは言った。
「あの時、つっぱねていたら、ロザリーは過去の夢を求めて、アルコールに逃げはしなかったろうし、オブライエン夫人として幸せになっていたかもしれない――私はずっと後悔し続けていた――」
「何だよ。おじさん。悪い男だなぁ」
 リョウが言い終えると、困ったように口をへの字に曲げた。
「でも、おじさんのせいと言えないと思うよ。それ。ロザリーは弱い女だったんだ。恋愛にしか生きられないような――」
「他人のリョウに言われたくはないけど――実の娘からしても、そう思うわ」
 エレインが話に入ってきたので、みんなそっちの方を向いた。
「母は弱い女だった――けれども、同情する気にはなれないわね。あなたもよ。リチャード・シンプソン。もっとしゃきっとしなさい。私、弱い人間は大嫌いなの」
「相変わらず女傑だなぁ」
 とリョウが呟いた。尤も、女傑でなければ、やっていけない商売かもしれない。生きていけない人生だったかもしれない。
「エレイン。君のそういうところが、私は好きだ」
「私は母とは違うわ」
「わかっている。だから好きなんだ」
 リチャードは微笑んだ。カレンはリチャードの横顔を見つめていた
 リョウは面白くなさそうだった。
「カレン――このシナリオは、他の誰かに見せたの?」
「ううん。あなた達だけよ。どうして?」
「このシナリオ――書き直したらすごいかもしれない」
「ありがとう。でも、書き直すと言っても――……」
「カレンにだったらできるよ」
 リョウは立ち上がって、カレンの肩をぽんぽんと叩いた。そして、何事かを囁いているようだったが、カレンは首を横に振った。リョウが何と言ったのかは、リチャードにはわからない。
 だが、エレインがあっさりリチャードの疑問を打ち砕いた。
「口説いてたの? リョウ」
「ふられちゃったけどね」
 リョウは笑って舌を出した。
「カレンはリチャードさんが好きなんだよ」
「そういう理由じゃないんだってば! ただ――シナリオを練り直そうと思って――……」
「そうだ! カレン! うちに来るといい」
「うちって……?」
「リチャードさん家だよ。俺もお世話になってる。脚本の取材にはなると思う」
「リョウ。彼女は一度我が家に来てるんだよ」
 と、リチャードが教えた。今更隠すこともない。
「ええっ?! カレン大丈夫?! 襲われなかったかい?!」
 リョウがカレンの肩をがっしと掴む。その声音は真剣だった。
「ええ。大丈夫よ。リチャードさんは、紳士で、大人で――……」
「好きでもない女と寝るのが紳士かね」
「その話は蒸し返さないで!」
 エレインがびしっとリョウを指差して言った。
「私はいいけど、リチャードさんを困らせるようなことは、私は断じて許さないからね!」
 一拍置いてから、わかったよ、と弱り切ったようなリョウの台詞が聞こえた。エレインに叱られたのが、こたえたらしい。彼は女に弱いな、とリチャードは思った。苦笑するほどの心の余裕はまだなかったが。

かつてのスターに花束を 9
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