かつてのスターに花束を
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 ワープロの画面にも慣れたカレンはその後、無事脚本を書き上げることができた。
 クロエに電話して、話の粗筋を聞かせると、
「素敵! クリント・イーストウッドものみたい! もし、ヒロインの立場が男の子だったらね」
 との感想をくれた。
 クリント・イーストウッドは有名だが、イーストウッド……他でもどこかで聞いたことがある気がする。
 あ、ジェシカ・イーストウッドか――!
 ジェシカ・イーストウッド。イーストウッドカンパニーの現社長の奥さんである。確か、リチャードとも仲が良かったはずだ。
(写真も見たことあるけど、綺麗な人だったなぁ……)
 カレンはほうっと溜息を吐く。リチャードの周りには何で綺麗な人が多いんだろう。
 ジェシカは元社長の娘だ。今の社長はジェシカの夫である。入り婿なのだ。
(私もあんなに綺麗でお金持ちだったら、こんなに地道に脚本書かなくても良かったかな)
 けれど、カレンは書くことが好きだ。カレンから書くことを取ったら何も残らない。
 これも呪縛の一種だろうか……。
 気がついたらまず書いてた。処女作は確か小学校の頃だったと思う。先生に、
「これだけのものは大人でもなかなか書けない」
 と絶賛された程である。クリスマス会の脚本も任された。誇らしかった。
 あの時の勘を今でもまだ持てているとするならば。いや、あの頃よりもっと成長していればいいと思う。
 FAXがあればクロエに作品を送ることができるのだが、この家にはFAXはない。この古アパートに住んでいるジェーンにはワープロを買ったことだって随分な出費だっただろう。
 待ってね、お母さん。私がもっと楽な生活させてあげるからね。
 目指すはアメリカンドリーム!
 トントントン。ドアにノックの音がした。
「カレン。お茶にしない?」
「――頂くわ」
 ジェーンの注いでくれた紅茶はティーバッグで、前に柊達の教会で飲んだハーブティーと比べるとどうしても風味が落ちる。けれど、母が淹れてくれた紅茶というだけで美味しかった。
「脚本はどう? できた?」
「できたわ。お母さん。クロエさんにも褒めてもらえたし」
「私はあなたの作品のことはよくわからないんだけどねぇ……でも、学生時代の演劇の台詞は素晴らしかったと思うわ」
「ありがとう」
「あのギルバート・マクベインにも認められたんですものねぇ……」
「――ん」
 カレンは白いカップの紅茶を啜った。
 ギルバート――彼にはまだ複雑な感情を抱いている。けれど、死と隣り合わせになりながら、俳優生命を賭けている彼のことは尊敬できる気がする。今ならば。
(ギルバートさんの期待に応えることができるかしら。私の作品は)
 ベランダを伝って猫が来た。
「あらあら。ゲストが来たわ」
 母ジェーンが嬉しそうに猫を抱き上げる。猫は大人しく抱き上げられた。猫はゴロゴロと喉を鳴らす。
「これはアルフレッドさんの猫ね。いつもの白猫ちゃんではないわ」 
 母が笑顔を見せた。そうすると笑い皺ができる。それが魅力的で、
(私もお母さんのようになれるかしら)
 とまだ若い娘のカレンも思うのである。
「カレン。お茶うけにクッキーでもどう? 買ってきたんだけど。安いやつ」
「うん!」
 母ジェーンは夫の遺産で食いつなぎながら慎ましく暮らしている。決して裕福ではないけれど、不自由はなさそうだ。本当はカレンと暮らしたいようだけれど。
 クッキーを頬張りながら、カレンは美味しいと思った。
「カレンがいないのは淋しいけれど、私から自立できるようになって良かったと思って我慢するわ。ロナルドには世話かけるけど。――それから、時々はまた遊びに来てね」
「そのつもりよ。お母さん」
 母にはいつまでも若く元気でいて欲しい。万国共通の人々の願いだ。自分の両親に元気でいて欲しいという願いは。
(ギルバートさん――)
 ガンに侵されている俳優のことを思い出して、カレンの胸がちりりと痛んだ。
(ギルバートさん、リチャードさん、私、脚本書き上げたのよ。今すぐ見せられるといいのだけれど――)
 明日になったらロサンゼルスに行こう、とカレンは心に決めた。
「ねぇ、お母さん」
「何かしら?」
「明日、ロサンゼルス行くから。フェリア・ライラという娘から電話があったら知らせて頂戴」
「わかったわ。行ってらっしゃい」
「それでね……お母さんさえ良かったら、今夜は添い寝してくれる?」
「あらあら。カレンてば、今日は甘えたがりね」
 それでも嬉しいらしく、母は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「ね、いい?」
「勿論よ。それにしてもカレンは本当に大人になったわねぇ。あんなに小さかったのが嘘みたい。あなたがキンダーガーデンにいた頃のことが昨日のことのようだわ」
「お母さん……」
「私も年取るはずだわね」
「お母さんはまだ若いわよ」
「ありがとう。クッキーもうひとついかが」
「うん。このクッキー美味しい。好きな味だわ」
「じゃあ、今度ここに帰ってきたら用意しておくわね」
「お願い」
 カレンは舌鼓を打ってから答えた。
(リチャードさん……)
 カレンは急にリチャードに会いたくなった。そういえば、父ジョージは少しリチャードに似てる。ジョージもいい男だった。
(リチャードさん、私、あなたが好き)
 それは親愛の情からなのか、異性として好きなのかはわからなかったけど。リョウはがっかりするかもしれないが、リョウよりリチャードの方が好きだ。そして、ギルバートよりも。
「ねぇ、電話かけていい?」
「いいわよ。どこに?」
「ロサンゼルスの――リチャードさんのところへ……」
 その時、電話が鳴った。
(リチャードさん?!)
 テレパシーが通じたのかしら。カレンが電話に飛びついた。
「はい、もしもし――」
「あ、カレンさん?」
「フェリア!」
 それは、フェリア・ライラの声だった。
「もう空港に着いたの? 私まだカンザスよ。明日ロサンゼルスに発つ予定でいたけど」
「あたしもまだニューヨーク。ロスに行く前に連絡しておこうと思って――聖ファウンテン・チャーチ、テレビに出てるわよ」
「そうなの?!」
「うん! つけてみて! 6チャンネル! そっちでは6チャンじゃないかもしれないけど」
 フェリアが興奮した声で言う。カレンは受話器を押さえて伝えた。
「お母さん、6チャンネル! つけて!」
「はいはい」
 猫を撫でているジェーンが手を止めて猫を膝から下ろし、テレビのスイッチを入れる。確かに柊達の教会がテレビに出ていた。
 柊龍一郎が説教をしている。その様は、何度見ても堂に入っていた。母が言った。
「リチャードさんは出てないようよ。カレン」
 テレビ局は龍一郎だけでも話題になると踏んだのだろう。ずっと彼を映していた。龍一郎は一生懸命、聖書のみことばを解説していく。
「貴重な情報ありがとう。フェリア。そうそう、リチャードさんに電話したんだけどね――」
「何話したの?」
「フェリア。あなたにもオーディションを受けさせるべきだって。合格できるだけの力は立派にある子だからって」
「リチャードさんがそう言ったの?」
 フェリアの声が大きくなった。
「やったー! リチャードさん、あたしのこと認めてくれてるんだ! いいわよ! オーディションでも何でも受けるから! でも、あたしが合格間違いなしだと思うけどね!」
 やれやれ。現金な娘だ。尤も、私も人のことは言えないけれど――と、カレンは思った。

2015.2.12


かつてのスターに花束を 37
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