かつてのスターに花束を
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「――もしもし、クロエさん? 一本脚本書いたんだけど」
 カレンの作品は本人にしてみればインスピレーションの劣化のコピー……けれど、頭の中の劣化のコピーだろうが構わない。カレンは開き直った。私は書くことが好きなのだ。それは、上手く書ければ本望なのだが――。
 でも、いつか、『かつてのスターに花束を』のような、自分の想像をぶつけた作品を書くことができたなら――。だから、カレンは脚本を書くのをやめない。
「ふぅん、どんなの?」
 クロエは眠いみたいだ。版権代理人も大変だな、とカレンは思う。
「あのね、ギルバートさんが主役で――『父の地図』っていうの」
「どんな話?」
「――ええと……あ、でも、クロエさん、お休みのとこだったんじゃない? それだったら、失礼だったみたいだけど――」
「どうしてそう思うの」
「声が眠そう」
「うーん。まぁ、一仕事終わった後だからね。それで?」
 カレンはクロエに話の説明をした。――終わってからクロエがふん、と鼻を鳴らした声が聴こえた。
「他の人ならともかく、カレン・ボールドウィンの作品としてはちょっとね」
「そう……」
 まぁ、手すさびに書いた話だから、その批評も当たっているかもしれないけれど、カレンは少しだけ不満だった。
「それからタイトル。あなたにはタイトルセンスがないわ。けど――」
 クロエが笑った。カレンはクロエが泣いたのかと思い、思わず、
「どうしたの?」
 と訊いた。クロエは言った。
「『年を取ると三十分前のことは忘れても三十年前のことは覚えている』――誰も使っていないフレーズなら、私が使いたいわ」
「そ、そう……」
「私、考えたんだけど――」
 クロエが続ける。
『かつてのスターに花束を』とその話を合体させればいいんじゃないかって。『父の地図』だっけ? その話も悪くはないから。カレン・ボールドウィンの作品としては物足りないというだけで」
「ああ! なるほど! ナイスアイディアだわ! クロエさん!」
「でしょう? 勿論、リチャード・シンプソンとギルバート・マクベインの共演で」
 カレンは自分の構想がむくむくと湧き起るのを感じた。
「すみません、クロエさん! 私、猛烈に書きたくなってきました!」
「いいのよ。けれど、随分早いわね、書くのが」
「母からワープロをもらったんです。タイプライターより早いみたいです」
「いいお母さんね」
「はい!」
「じゃ、宜しくね」
「はい、どうも」
 ――電話は切れた。
 母のジェーンはもう寝ている。
(――ありがとう、お母さん)
 ワープロを大事に使おうとカレンは決めた。
 傑作は書きたいと思う。けれど、焦ってはいけない。まずは基本からだ。
 その日、カレンは十本の習作を書いた。たくさん書いたカレンは満足して眠りについた。

 チチチ……。
 小鳥の声が聞こえる。カレンは目を擦った。
 体に上着がかけられている。
 ああ、そうか……このまんま眠ってしまったんだっけ……。
 この上着をかけてくれたのは母のジェーンしかいない。
(また、お世話になっちゃったな……)
 親孝行をしに帰ってきたはずが、これでは立場が逆である。
 静かだな。
「おはよう。カレン」
 母の聞き慣れた声がカレンを呼ぶ。
「おはよう。お母さん」
「カレン、あなたにテレビに出て欲しいという依頼が二つくらいあったわ」
「ああ、そう……」
 なんだかすごいことのようであるのに、まだ目が完全に覚めてないカレンにとっては思案の外であった。
「娘は寝てます、と言ったら、起こしてくださいって言われたから、私だったらいくらでもテレビに出しても構いませんよ、と答えちゃった」
 ジェーンには茶目っ気がある。
「そしたら?」
「また後で電話しますって切られちゃった」
 ジェーンが明るく、あははと笑う。誰でも好感を持つ明るい笑いだ。カレンも笑った。
「さぁ、朝ご飯にしましょ。今日はほうれん草のスープもあるのよ。パンも手作りだし」
 そういえば、いい匂いが漂う。焼きたてのパンの香りだ。
「あなたはスープにパンを浸して食べるのが好きだったわね」
「やぁだ、ママったら。昔の話でしょ?」
「いいじゃない。昔に帰ったって。せっかく帰郷してきたんだから」
 そして、ジェーンは彼女の夫、今は亡きジョージの写真に話しかけた。
「ジョージ……カレンは立派な脚本家になって戻ってきましたよ」
「私は……立派じゃないわ。まだまだ脚本家の卵よ」
 そう。私は立派じゃない。もちろん、天才でもない。
 カレンには確かに自意識はあるけれど、それだって、まだ世間の人々には認められていない段階なのだ。
 でも……。
「ねぇ、お母さん。私、昨日習作を十本も書いちゃった」
「すごいじゃない」
「お母さんにも見てもらいたいんだけど……」
 昔は人に作品を見てもらうことを恥ずかしがっていたカレン。しかし、『かつてのスターに花束を』で、周りの人に認められ――そう、自信がついたのだ。彼女も卵から孵りかけている。
「ごめんね……私、文章読むの苦手なの」
「そうなの……」
 少し残念だったけど、そういえばそうだったと思い当たって、カレンは諦めた。
「その代わり、映画は観るからね」
「――ギルバートさんが死なないうちに出来上がるといいけどね」
 それより、まずは『かつてのスターに花束を』を仕上げないといけない。ご飯を食べたら早速戦闘開始だ!
 カレンは母の手ずからの料理を食べた。スープの温かさが胃にしみ渡る。
「――美味しい」
「まだお代わりあるからね」
「お代わり!」
「はいはい」
 カレンはジェーンの涙を見逃さなかった。
 いずれ、母親ジェーンのことも書きたいな、と思った。売れるかどうかはわからないけれど。
 電話が鳴った。
「はーい」
 ジェーンが電話を取った。ロナルドからであったらしい。
「まぁ、ロナルド。え? そっちは大変なことになってるって? ――まぁ、そう。カレンの映画はあなたのところで撮るのね」
 別に私の映画ってわけでもないんだけどな――カレンが苦笑する。強いて言えば、皆の映画だ。けれど、脚本には心血を注ぐつもり。
「ニューヨークタイムスが取材に来てるんですって?!」
「えっ?!」
 これにはカレンも驚いた。いくらギルバートの記者会見があったからって――そんな大新聞が叔父ロナルドのところに来ているだなんて。まるで夢を見ているようだ。
「まぁ、あなたがねぇ……ええ。私達も取材が来たら応じますけど……はい、はい。わかりました」
 ジェーンは受話器を置いた。
「ロナルドも変な映画を撮っていたこともあったけど――今度はまともな映画を作ってくれるのかしらねぇ」
 ジェーンが嘆息しながら呟いた。
「でも、あれも賞を取ったのよねぇ……ゴールデンラズベリー賞とかって」

2014.10.26


かつてのスターに花束を 34
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