かつてのスターに花束を
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 聖ファウンテンチャーチはサンルームみたいな教会だ。夏は涼しく冬は暖かい。
 ニューヨークから来たリチャード達からすれば、ロサンゼルスは夏みたいなところだが。
 アイリーンがやってきた。
「お袋!」
「リチャードさん!」
 リョウはすかっと空を抱き、リチャードがアイリーンを抱き締める。
「リチャードさん、リチャードさんだわ! わぁ、うふふ!」
「やっと来たぞ、アイリーン!」
 ニコラスがリチャード達をぽかんとして見ていた。
「ねぇ、ギルバートさん。――あの二人って恋人同士なの?」
「ま……まさか!」
 リチャードとアイリーンが即座に離れた。
「アイリーンはね。私の従妹で柊龍一郎の嫁さんだ」
「ヒイラギ……リュウイチロウ?」
「日本人なんだ。リョウの父親だよ」
「へぇ、リョウさんのお父さん……リョウみたく髪の毛は伸ばしてるの?」
「そんなことはないよ。髭は伸ばしているけど」
 リョウが口を挟んだ。
「優しい人?」
「優しい人」
「えらい人?」
「うーん、偉いといえば偉いかなぁ……あのイエス・キリストを信奉しているだけあって」
「あら、リチャードさん。偉いのはイエス様よ。龍一郎じゃないわ」
 ――龍一郎も同じことを言いそうだな、とリチャードは苦笑した。
 全く、この二人と来たら相変わらずイエス様命なのだから。
「さぁ、夫のところへ案内するわ。いらっしゃい」
 アイリーンはエプロンをひらりと靡かせた。
「いつ見ても綺麗な人ねぇ、アイリーンさんは。若さの秘訣、教えてもらいたいわ」
 アリスがほうっと溜息を吐いた。
「なに、本物の若さには敵わないよ」
 と、リチャード。
「あら、言ってくれるじゃない? リチャードさん相変わらずね」
 アイリーンがくすくす笑った。
「お袋は今でも若くて美しいよ、ね?」
「ありがとう。リョウ」
「でも、母親離れはした方がいいな、リョウ」
「ああ。リョウにはアリスという彼女が……」
「だから、ギル、適当なこと言わないでください。僕が好きなのは――」
「カレン・ボールドウィン。そうだろ?」
 ――ギルバートがウィンクをした。
「まぁ……そうです」
「あら。私はアリスちゃんが義理の娘でも構わないわよ」
「嬉しい、お母様!」
 アリスがアイリーンに抱き着いた。
「あらあら」
 リチャードは穏やかに見守っていた。
(私は――何か大事な物を見落としていたのかもしれない)
 ロスに来て良かった。龍一郎と初めて会ったのはニューヨークでだが。

「ふんふんふふふふ〜ん♪」
 近頃ガーデニングが趣味になった、もういい年したおじさんの柊龍一郎は、変な鼻歌を歌いながら花に水をやっていた。のどかな光景ではある。
「龍一郎!」
「え? 何?」
 龍一郎は自分のほっぺをつねった。
「何してるんだ? 龍一郎」
「ああ、ってことは夢じゃないんだね! ようこそリチャード・シンプソン! 我が聖ファウンテン・チャーチへ!」
「あはは! 水臭いじゃないか、リチャードでいいよ!」
「リチャードさんようこそ!」
 二人はじゃれ合うようなハグをし出す。
「なぁ、リチャードとリュウイチロウってアレかい?」
「違うわよ。とても仲良しなだけよ。そうよね、リョウ」
 アイリーンが小首を傾げてリョウの答えを促す。
「お袋はそう言うけどさぁ……俺、本当はちょっと疑ってるんだ」
「あら、お父さんはクリスチャンなのよ。それもプロテスタントのね」
 ニコラスもじーっとリチャード達を凝視している。今度はリチャードも気にせず、熱烈に抱きしめながら、
「今まで来られなくてごめんな」
 と龍一郎に謝っている。
「本当だよ。水臭いのはどっちだい。まぁ、でも、リチャードさん達、元気そうで良かった。ところでそちらの方々は?」
「ギルバート・マクベインとニコラス・ゲイル。ギルは知ってるだろう。いくら龍一郎でも」
「当たり前だろう? 僕、これでもミーハーなんだよ」
 龍一郎の喋り方が昔に戻っている。懐かしい――とリチャードは感じた。
 ひとまず再会を祝うと龍一郎はギルバートに手を差し出した。
「聖ファウンテン・チャーチの牧師を務めさせていただいております柊龍一郎です。どうぞお見知りおきを」
「ギルバート・マクベインです。初めまして」
「そっちの坊ちゃんも」
「ニコラス・ゲイルです。宜しく」
 ニコラスも警戒心を解いたのか、ぷくぷくした小さな手を龍一郎に差し出した。いずれ骨ばった大人の手になるだろう手だ。
「アイリーン。みんなにお茶を出してくれ」
 龍一郎が言うと、アイリーンが「はあい」と甘い声で答えた。
「あたしも手伝うわ」
 アリスが言うが、
「いいからいいから。あなた方はお客人なのだから、ね?」
 と、アイリーンに天使のような笑みで言われたら引き下がらざるを得なかった。
「ハーブティーを淹れるのは妻の趣味なんだよ」
「あたしだって淹れられるわ。これでも器用な方なんですからね」
 アリスはアイリーンにライバル心を掻きたてられたようであった。それを素早く見てとったらしいリョウは、
「敵うわけないのにな――」
 と、アリスに対して残酷な一言を放った。
 けれど――。と、リチャードは思う。けれど、もしアリスがこのまま年を取ったらアイリーンみたいになるのではないか? アイリーンだって、初めから完全無欠の貴婦人であったわけではない。
 龍一郎に出会ってアイリーンは変わった。そして、多分リチャードも。
 どうして離れ離れになってしまったのだろう。私達は。
 いや、人は何かに出会い、そして別れる為に生まれてきたのかもしれない。その何とは、愛する人かもしれないし、天職と呼ばれる仕事かもしれない。或いは――。
 神様かもしれない。
 人は、神に出会う為に生まれて来たのだ。
 ところが、この神というヤツが厄介で、一生懸命祈っている者の祈りを聞かなかったり気紛れに微笑んだりもする。
 人類は神様に数々の属性をつけるが、それは神様と同じほど、人間も複雑であることの証であるのかもしれぬ。リチャードは龍一郎と違って単純な一神教を信じることができぬ。
 ひゅうっと風が通り過ぎた。その中にリチャードはほんの僅かだが冬の寒さと匂いを感じた。
 やがて、アイリーンが現われた。
「さぁさ、皆さん。今日はちょっと肌寒いから中でティータイムを楽しみましょう」
 生クリームとジャムを混ぜたもの、それにスコーンを絡めたものがリョウの、そしてリチャードの大好物だった。 

2014.4.30


かつてのスターに花束を 31
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