かつてのスターに花束を
29
 飛行機で割り当てられた席に座ったニコラスはがくがくと震えていた。ギルバートがそんな少年の肩を抱く。
「大丈夫だ。ニコラス。俺達がついてる」
 スチュワーデスがベルトを締めるように乗客達に促す。もちろん、ニコラスもそれに従った。
「落ちないよね、大丈夫だよね」
「ああ。大丈夫だ。ニコル」
 リチャードも頷く。
 ニコラスは窓際の席は嫌だと言った。だから、そこにはギルバートが乗っている。
(この飛行機は落ちない、落ちない……)
 ニコラスは自分で言い聞かせるように唱える。教会で祈る時のように手を組み合わせて。
 もしかしたら、ギルバートと一緒に教会へ行ったことがあるのかな――とリチャードは思った。ギルバートは教会には縁なき衆生のような気がしたが。
 ニコラスの心配は杞憂と化した。やがて飛行機は無事空港に降り立った。
「な? 何もなかっただろう? 飛行機は怖くなかっただろう?」
「うん……うん……」
 ニコラスは泣きながらギルバートの首に抱き着いた。
「良かった、良かったよぉ!」
「よぉしよし。また試練を脱却したな。おまえは男だ。もう飛行機怖くないだろう?」
「うーん……でも……本当はちょっと怖い」
「正直でいいじゃないか。ニコル」
 リチャードは笑いながら二人の会話に割って入った。
「何か飲むもの買って来るか? 二人とも」
「コ―ヒ―」
「ぼくも」
「おや? ニコラス。おまえさんはコ―ヒ―は好きじゃなかったんじゃないか? 苦いからって」
「ぼく、もう大人だもん。飛行機も乗ったし」
「そうだな――おまえは大した男だよ」
 ギルバートはニコラスの頭を撫でた。
「カフェオレだったらいいだろ? 甘味があるから」
「うん!」
 リチャードが自動販売機で飲み物を買っていると――。
 ぽん、と肩を叩かれた。
「リチャードさん」
 見ると、リョウとアリスだった。
「ここでリチャードさんを待ってようってリョウが言ったのよ」
「同じ空港に来ることはわかってたからね」
「それでね……あたし、リョウとデートしちゃった」
「ほう、デート」
 自分は今にやにやしてるだろうとリチャードは思った。
「なっ、何にやにやしてるんだよ、リチャードさん! アリスも嘘つくなよ。ただ一緒に歩いてただけじゃないか!」
「そういうのをデートって言うんじゃないのか?」
 リチャードも面白そうに冷やかす。
「もう……リチャードさんまで……ところで、あいつらは? ほら、ギルとニコル」
 リョウも彼らのことを愛称で呼んだ。
「私が飲み物を買ってくるのを待っているよ。一緒に行こう」
 リチャード達がやってくると、ニコラスはアリスにの首ったまにかじりついた。
「アリスお姉ちゃん、無事だったんだね!」
「やぁだ。何言ってるのよ、ニコラス。心配いらないわよ」
「リョウさんも無事で良かった」
「当たり前だろ」
 リョウはニコラスの頭をくしゃっと撫でた。ニコラスがアリスから離れると、リチャードはギルバートとニコラスに所望のコーヒーを渡した。彼らはリチャードに礼を言った。
「カレンお姉ちゃんは大丈夫かな――」
「安心しな。飛行機を造る技術は日進月歩で上がっているから。カレンもカンザスに向かっているんじゃないかな。そういえば、カンザスへはいつ頃着くんだっけ?」
 リョウはニコラスを元気づけながら疑問を発する。
「さぁ……」
 リチャードは首を傾げた。
「まぁいいさ。そっちも無事なはずだ」
「ほんとだね? ほんとだね?」
「ああ。神かけて誓うよ」
 リョウが言った。やはりリョウは牧師の息子だな、とリチャードは妙なところで感心した。
「ねぇ、リチャードさん。僕の家に来ない? まだ新しい教会の会堂も見てないでしょ?」
「そうだな――そうするか」
「ぼくも行きたい! ギルバートさんも来るでしょ?」
「でも、俺みたいな罰あたり、教会に行っていいのかな」
「是非来てください。ギルバートさん!」
 リョウの声が弾んだ。
 おやおや。リョウの奴、つい先日までギルバートや私達、それに何より我々を止められなかった自分自身に腹を立てていると思ったんだがな――リチャードは苦笑した。
(まぁ、リョウもギルバートを見直したということか。私や――そして多分カレンと同じように)
「早く行こう。リチャードさん」
「ああ」
「ねぇ、リョウ。手、繋がない?」
 アリスが言った。
「繋がない」
 リョウが素っ気なく答えた。
「ねぇ、ぼくの乗ってた飛行機が落ちなかったのって、神様が守ってくださったからだよね」
「ああ、そうだな」
 ギルバートは優しい声だ。
「お父さんとお母さんも守ってくれたんだよね」
「ああ、そうだ」
「ぼく、神様とお父さんお母さんに感謝しないと」
 ニコラスはいい子だ。素直だし――よほど両親の教育が良かったのだろう。そして、勿論ギルバートの存在も忘れてはいけない。
「ギルバートさんとリチャードさんも、ぼくを勇気づけてありがとう」
「どういたしまして」
 ギルバートとリチャードは同じタイミングで口を揃え、その後互いに顔を見合わせて笑った。
「もう! ニコラスってなんて可愛いの! ねぇ、リョウ。結婚したらリョウやニコラスのような子供作りましょうね!」
 アリスがニコラスを後ろから抱き締めた。
「だから、俺はおまえと結婚する気なんてないの!」
「もう。つれないんだから……」
 アリスがむくれた。
「はは、痴話喧嘩ならよそでやってくれよ。おまえ達」
 ギルバートの苦笑いを噛み潰したような言葉に、
「何が痴話喧嘩ですか! 何が!」
「あらっ! ねぇ、あたし達、どっからどう見ても夫婦なんだわ!」
「アリス! どうしておまえはそう無駄に前向きなんだ!」
 叫んでから、はあっとリョウは盛大に溜息を吐く。
 龍一郎達の教会は、この空港の近くにある。ロサンゼルスに雪は降らない。
「ああ、やっぱりロスはいいところだわぁ」
 アリスが深呼吸をして言う。
「ニューヨークでは凍え死ぬかと思ったわよ、あたし」
「んなわけないない」
 リョウがアリスの台詞を否定する。リチャードは大きな十字架を前にして思った。
 ここだ。ここが私の友達、柊龍一郎が牧師を務めている聖ファウンテン・チャーチだ。昔とかなり外観は違っているが。 

2013.12.31


かつてのスターに花束を 30
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