かつてのスターに花束を リョウの口が切れ切れに言葉を紡ぐ。 「嘘だろ?! ねぇ! 嘘だよね!」 「いや、そんな冗談は私は言わない」 リチャードは決然と答えた。眉がぎゅっと寄せられていた。 「前に克服したと聞いていたが……再発したんだな。この間、改めてそのことでケヴィンに問い詰めてみたのだが」 「俺は知ってたよ」 ケヴィンが、ギルバートが投げ捨てた銃を拾った。 「……俺の銃が役に立って良かったよ。しかし、リチャード、おまえ手加減したろ」 「いいや」 リチャードが否定した。 「でも……あの男を目にした時、一瞬撃つのは躊躇したな」 「それを手加減、と言うんだよ」 「そういうんじゃないんだけどな……何だろう。あの男を見た時……動きが止まったんだ。まるで金縛りにあったように」 「生き抜きたい男の執念……か。しかし、銃を構えたのはおまえさんの方が早かったろ?」 「ほんの一瞬の差さ。――ためらいが明暗を分けた」 「リチャード、アンタは優し過ぎる。いつかそれが命取りにならないよう祈ってるぜ」 「――どうせいくばくもない命さ。ギルバートとそう変りも無い。私もいつか老いて死ぬ」 「俺たちゃ充分老いていると思うんだけどなぁ……」 ケヴィンが顎を撫でた。 「何のんきなこと言ってんだよ、おじさん達! じゃあギルバートがもうすぐ死ぬことも知ってたんじゃねぇか! 俺らは殺人教唆? ――みたいなことをするとこだったんだぞ!」 リョウが割って入った。 「そこまで悪辣じゃない。あの男の命懸けの挑戦を手伝っただけだぞ。――リチャードだったら切り抜けることも知っていたしな」 「どうも」 リチャードが軽く頭を下げた。 「と、いうわけだ。カレンはいずれ帰って来るよ。時間があの男を死なす。いっそここでくたばってしまった方が良かったかもな。あいつの為には」 「何言ってんだよ……ケヴィンおじさん……」 リョウは俯いて涙を堪えた。 「行こう。――『十月亭』に」 リチャードは泣きそうなリョウの肩を抱いた。それで、一旦は――カレンを巡る騒動は決着したかに見えた。 リョウはカレンに連絡を取ろうとしたかったらしいが、どこに電話をかければいいかわからないようだ。リョウはカレンに番号を聞いておかなかった自分の間抜けさ加減に腹を立てていた。 「お帰りなさい」 エレインが怖い顔して仁王立ちで待っていた。ケヴィンが頭を掻きながら言った。 「やぁ……エレイン。ただいま」 「全く……リチャードさんも無茶するんだから」 ケヴィンは綺麗に無視された。 「すまんすまん」 リチャードは誠意のこもらない声で簡単に謝ると、カウンター席で酒を注文した。 「リチャードさん……生きているってことは……決闘には勝ったの? ギルバートさんは死んだの?」 「いや、負けた。ギルバートはカレンを連れて行ったよ」 「じゃあ、何で……?」 エレインは『何で生きているの?』と訊きたかったようだ。だが、口を噤んだ。彼女の生来の気遣いの良さが、これ以上の質問をするのを引き止めたらしい。 「防弾チョッキのおかげで助かった」 リチャードの答えは簡潔だった。 「そうなの……」 エレインは、ようやくほっとした顔になった。 「でも、防弾チョッキ着てても死ぬことあるからなぁ。これはディックにとっても賭けだったよ」 「ディックと呼ぶな」 いつも通りのやり取りに――エレインの表情が綻んだ。ずっと心配していたに違いない。リチャードとギルバートが決闘をすると知った時から。 「何か食べる? 今日は食べてないんでしょ?」 「ああ……何がいいかな」 「帆立貝のラビオリなんてどう?」 「いただく」 リチャードは酒を口にしながら、質問攻めにしないエレインの優しさに感謝した。 やがて、熱々のラビオリが運ばれてくる。リチャードはそれを酒の肴にした。 「あなた達もどう?」 「もらう」 「いただきます」 今はリチャード、リョウ、ケヴィンの三人の他に、『十月亭』の客はいない。それも助かった、とリチャードは思った。 料理は美味しく、リチャードは生き返る思いがした。食べ終わると眠くなった。命を賭けた戦いに、リチャードの神経は疲弊していたようだった。 (ギルバート……) カレンは事情を知ったらどうするだろうか。優しいあの娘のことだ。さぞかし悩むに違いない。 (カレン……あいつの為に、最高のシナリオを書いてやってくれ) そうして――リチャードは泥のような深い眠りに落ち込んで行った。 「リチャードさん……」 助けを求めるようなカレンの悲痛な声。 「リチャードさん……」 綺麗なソプラノの声が重なった。これは――。 「アイリーン!」 「あの娘を――助けてあげて。カレンは……今、迷ってる。リチャードさんが指針を示さなければ」 「示すと言ったって……どうやって」 「今にわかるわ、今に……」 「アイリーン!」 そこで、リチャードは飛び起きた。こんなに寝汗をかいたのは、子供の頃、両親を殺された時以来、何度かしかない。冬だというのに。 「アイリーン……」 それは、アイリーンからのアドバイスに違いなかった。現実のアイリーンも同じことを言うだろう――きっと。 背筋がぞくぞくした。風邪らしい。 きっちり三回、ノックの音がした。 「リチャードさん」 部屋に入って来たのはエレインだった。何となく、そんな気がしてた。 「ああ、もう帰るよ。エレイン」 「ちょっと……顔が赤くなってるじゃない」 エレインは額をくっつけて熱を見た。 「やだ熱い! リチャード、今夜は泊りなさい!」 「いいのか?」 「何よ水臭い。風邪にいいもの作って来るわね」 そう言ってばたばたとエレインは階段を下りて行った。この部屋に運んでくれたのは誰だったのだろう。ケヴィンか、リョウか、意外と力持ちなエレインか――後でお礼を述べておこう。 カレンは今、心細い思いをしているだろうな――憂い顔でリチャードは考えた。 ギルバートはカレンに自身がガンであることを言うであろうか……。なかなか自分からは言わないだろうな。あの男は。惚れた女に弱味を握られるなんて、ギルバートの尤も嫌いそうなことだ。最初にガンにかかった時だって、当時のマネージャーが勝手にリークした模様なのだ。今はもう治ってる。皆そう思っているはず。 リチャードにも独特のダンディズムがあるからわかるのだ。ギルバートの気持ちが。 「ほら。お粥にお味噌汁よ。風邪には和食がいいって、龍一郎が言っていたから」 龍一郎……彼とは会うのを御無沙汰していたが、気にはなっていた。後で電話でもかけてみるか。あの男も忙しそうだが。 それにしても、風邪で済んでまだ良かった。自分は悪運が強い方らしい。ギルバートのような頑健な体は持ち合わせていないが。 味噌汁をすすると、生き返った心地がする。自分は前世は日本人だったのではなかろうか。龍一郎ともすぐに気が合った。――出会いは最悪だったかもしれないが。少なくとも、相手にとっては。 目の前のエレインが顔を覗き込む。 「――美味しい?」 「ああ、旨い」 この女を知っている。会う前から知っていた――リチャードは思った。 エレインだけではない。龍一郎とも、アイリーンとも、リョウとも、ケヴィンとも――アルバートとも。最近では、カレンとも既視感を覚えていた。 リチャードは料理を平らげた。風邪をひいたのは、明らかに緊張が解けた証だ。エレインは空になった皿を運んで行った。 2012.11.26 かつてのスターに花束を 22 BACK/HOME |