かつてのスターに花束を その日の朝は手がかじかむほどの寒さだった。 グロリア農場には、リチャード、ギルバート、ケヴィン。そしてリョウとカレンの五人がいた。 ここはもう、誰も使う者のいない農場であった。時々やくざ者が出入りしていると言う話だが、詳しくはリチャードも知らない。 泥と溶けかかった雪が混じり合って斑になっている。 ロサンゼルス育ちのリョウは寒さでがたがた震えている。カレンはそれどころではないように、リチャード達を凝視していた。 「ルールは簡単。銃で撃ち合って死んだ方の負け」 何とも原始的なルールである。ルールとも言えやしない。 「俺は自前の銃を持って来た」 「あ、それダメ」 ケヴィンが制した。 「やっぱり同じ型の銃でなくっちゃあ。ちゃんと用意して来たから。弾丸もちゃんと込めてある」 ケヴィンが二丁の拳銃を差し出した。 「ありがとう、ケヴィン」 リチャードが礼を言う。 「いやいや。なんのなんの」 「何のんきなこと言ってるんだ。リチャード、おまえだって銃は持って来たんだろ?」 「まぁな。何てったってここはアメリカだからな」 ギルバートの言葉に、リチャードは平然と答えた。 いろいろ騒がれているとは言え、アメリカはまだまだ銃社会である。 「だが、ケヴィンの持って来た代物の方が性能は良さそうだな」 リチャードは不敵に笑った。 「んなこた、生きて勝った時に言えよ」 「確かに」 「じゃ、決闘始めるぞ―」 ケヴィンが間延びした声で言った。とても立会人とは思えない。リョウとカレンが不安げに見つめる。彼らも立会人であるが。 「背中合わせに立って、5歩あるいて振り向きざまにズドン!だ」 ケヴィンの説明は簡潔だった。 「じゃ、行くぞ」 「――ああ」 リチャードとギルバートは頷き合った。 二人は背中合わせに立つ。 そして――5、4、3、2、1……。 パァンッ! 銃の音が白い世界に響き渡る。 先に発砲したのは――ギルバートの方だった。銃口が白い息をふいている。 リチャードはその場に倒れた。 「リチャードさん!」 「待って!」 駆け寄ろうとするカレンをリョウは手で制した。 「俺の勝ちだ――リチャード」 「そうだな」 「まだ喋れるのか……病院に連れて行くか?」 「心配ご無用。まだぴんぴんしてるからな」 そう言ってリチャードは立ち上がった。 「リチャードさん!」 カレンが喜びの涙を流さんばかりに叫んだ。 「な? だから、安心しろよ。リチャードは何の策も講じずに馬鹿なことをする男ではない。あそこにいるもみあげ野郎と違ってな」 ケヴィンはギルバートの方を指さす。 「貴様……もみあげを愚弄する気か」 「まぁまぁ、アンタには似合ってるって」 「――防弾チョッキだよ」 ケヴィンとギルバートを無視して、リョウはどさくさに紛れてカレンの肩に手を置いた。 「足を狙われたら危なかったけどな」 「姑息だぞ、リチャード」 「まぁまぁ、ディックは昔から悪知恵が働くんだ」 「ディックと呼ぶな」 リチャードはケヴィンに対して、不機嫌そうにいつもの台詞を口にした。 「俺は命を賭けに来た。それをだな――」 「そうだ――アンタの勝ちだ。ギルバート・マクベイン。俺は――負けた」 それを聞いて、西部劇上がりの俳優はふっと笑った。 「じゃあ、カレンは連れて行くぞ」 「いやああああああ!」 ギルバートが大きい手で細いカレンの腕を掴む。リョウの手が外れた。 「こら、ギル! カレンを連れて行くなら、俺が相手になってやる!」 リョウが威勢良く倍以上の年齢の相手に突っかかる。 「止した方がいい。リョウ。おまえの人生はまだ始まってないも同然なんだ。死んだらどうする」 「何故止める、ケヴィンさん! リチャードさんには散々焚きつけたくせに!」 「お互いいい年だからだよ。いいか悪いかぐらい自分で判断できるさ。それに、俺は若い命が散らされるのを見るのが忍びなくてね――しかし、ギルバート」 ケヴィンの声が低くなった。 「アンタがリチャードを殺したら、俺は警察に駆け込むつもりだったよ」 「もしリチャードが俺を殺したら――?」 「どうもしない。今まで通りだ。証拠もできるだけ隠滅する」 ケヴィンはしれっと言った。 「は……はははははは。いや、リチャード。アンタはいい友達を持ったな。ケヴィンはいい男じゃねぇか」 「褒めたって何も出ないよ」 「しかし負けは負けだ。リチャード、カレンはもらって行く」 「――……」 リチャードは無言だった。自分はさぞかし日本の能面のような表情をしていたであろう。――リチャードはそう思った。 「いやあああ!」 「カレン!」 引っ張られて行こうとするカレンにリョウが手を伸ばす。映画のような愁嘆場だ。映画と違うのはカレンがリョウには恋をしていないというところであろう。 「おい、坊や」 どすの効いた声でギルバートは言った。 「防弾チョッキ着用なんて小賢しい真似をした時点でリチャードは負けなんだよ」 「――でも……じゃあ、アンタは本気でリチャードさんを殺したかったのか!」 「……ああ、そうだとも」 「リョウ、リチャードさん……」 カレンが涙を溜めた目でこちらを見た。ギルバートはカレンをせきたてた。 「カレ―ン!!」 リョウは叫び続けた。声が涸れ、力が尽きるまで――。 ギルバートはカレンを車に乗せて農場を後にした。呆然と立っているリョウに、ようやくリチャードは話しかけることができた。 「リョウ……俺の負けだ。あの男に小細工は通用しない」 「あんな決闘なんか申し込んで――確かに俺も賛同したけど――あの男は死にたかったのか?」 「だろうな」 リチャードはリョウに対して首を縦に振る。 「どうして――?」 「聞いたことなかったか? リョウ。あの男は病気だ。あの頑健だった肉体が、実は病に蝕まれているんだよ」 「何だって?」 「あの男はガンに侵されている」 2012.11.6 かつてのスターに花束を 21 BACK/HOME |