かつてのスターに花束を カウンター席の空気が一挙に凍った。――リチャード以外は。 赤ら顔をしたロシア系と思われる白人達がやってきたが、エレインもしばらく動けなかった。 やがて呪縛が解けると―― エレインがテーブル席のロシア系白人の元へ注文を取りに行った。 「おどれーたなぁ」 ケヴィンがわざとおどけた調子で、しかし驚き呆れた様子で溜息を吐いた。 「今の世の中、まだ決闘で決着をつけようとする男がいたとはなぁ。なぁ、ギル、アンタ気に入ったよ。んで? 決闘は何にすんの?」 「射撃だ」 「射撃ぃ?」 ケヴィンが眉を顰めた。 「死人が出るんじゃないだろな」 「もちろん。負けた方が死ぬんだ」 「冗談じゃありませんよ!」 リョウがバンと机を叩いた。後ろを向いた彼はエレインと目が合ったらしく、さっと視線を戻す。 「まぁ、いいんじゃねぇの?」 「ケヴィンさん!」 「――リチャード・シンプソン。この申し出、受けるかね?」 ギルバートの目は本気だ。何かに取り憑かれたようにぎらぎらしている。 リチャードには、ふと気になったことがあった。 「――よかろう。受けて立とう」 「リチャードさん……」 「本気なの?! リチャードさん!」 「ああ。あの二人は本気だよ」 ケヴィンがのんびりと言った。この場を仕切るには些か緊迫感がない。けれど、この場を捌くほど、リョウもカレンも人生経験を積んではいなかった。 エレインはロシア系の人々の相手をしている。どういう訳かけたたましい。体格も立派な者ばかりである。 赤ら顔の客達に追われているエレインは放っておいて、ケヴィンは話を進める。 決闘は三日後の早朝と決まった。 「はい。これが書類ね。サインしたら後には退けないよ」 アメリカは契約社会なのである。 リチャードもギルバートもサインをしたためた。 「よぉし。立会人は俺、ケヴィン・アトゥングル、と」 「待ってください! ケヴィンさん!」 「私の意志を無視して何勝手に話進めているんですか!」 リョウとカレンは口々に叫ぶ。 「邪魔しないでやろうや。男のロマンってやつだ。二人とも老い先短いからなぁ」 ケヴィンがふぅっとカレンに息を吹きかける。 「でも、決闘は法律で禁止されてるんじゃ……」 「じゃあ、これから警察行くかね? 警察行って止めてもらうかね? あそこには確かペテロという仇名の警官がいたなぁ、そういえば」 「もうやめましたよ! その人は!」 リョウが反駁する。 「じゃ、問題なし」 「何が問題なしなんですか……」 「そうよ、私の人権はないの?」 「すまんね。ダチのロマンの方が大事だ。それに俺達はもう契約を交わした。決闘と契約とどっちが大事なんだろうな」 ケヴィンはあくまで決闘を進める方針である。 「これは、あくまでも内密のものだからな。この書類が警察に渡れば、俺だけでなく、リチャードやギルも罰せられる――と思う」 「――わかった。仕方ない」 「リョウ!」 「これでライバルは確実に一人減ると言う訳だ」 「あなたまで何言ってるの?」 「そうだ。マザコン坊や。おまえ話がわかるようになってきたじゃねぇの」 「冗談じゃないわ。そんな物みたいに取り扱われるなんて」 「カレン。おまえは知らないだろうが、アメリカがレディファーストの国なんて嘘だ。男に都合がいいレディファーストの国だ。いいじゃねぇか。年は少々食ってるが、極上の男に取り合いされて、女冥利に尽きるってもんだろ?」 「私はそうは思わないわ。ケヴィンさん」 ここでいつもなら必ずエレインが止めるのだが、彼女は客の相手で忙しい。酒だつまみだとちょこまか動き回っている。 「まぁいいさ。リチャードもギルバートも立派な大人の男だ。心配はいらない」 「私は心配でたまらないんですけど……」 「何か本当に大事が起こったら俺が何とかしてやるから、な?」 カレンは渋々ながらも頷いた。この山師の男をどれだけ信用できるかわからないながらも、だろうが。 「俺にも反対する理由はないな」 と、リョウ。 「よーし、決まった。場所は三日後、早朝六時、グロリア牧場だ」 リチャードとギルバートは、ケヴィンに向かって、 「わかった」 と、同時に答えた。 「アンタ達、そんなことしなくても、私には版権代理人や弁護士のコネもあるのよ」 エレインが料理の会い間に話に飛び込んできた。 「エレイン――エラ。悪いが今回は男のロマンを優先させてくれ」 「でも、リチャードさんとギルバートさん、どちらが死んでも寝ざめが悪いもの」 「俺にとってもそうなんだけどね……」 リョウも心の内で葛藤しているようだった。 (大丈夫だ、リョウ。私に考えがある) リチャードがリョウの耳にそっと囁く。リョウは、「ほんとなの?」という目をした。 教会についての感想を訊くはずが、それどころではなくなってしまった。 まぁいい――リチャードは思った。 確か最近新しく教会を建てたという話だ。知り合いの話によると大きくて広いそうだ。いずれ行く機会もあるだろう。 龍一郎にもしばらく会ってない。会いたい。アイリーンにも無事な姿で会いたい。 (ということは、負ける訳にはいかないな。この勝負) 久々に体の中から熱が発散するような感覚をリチャードは覚えた。 カレンと、俳優生命と、実際の命がかかっている。学生時代お遊びでやった決闘ごっことは違うのだ。 特にカレン。彼女を失う訳にはいかなかった。 恋はもうし尽くしたと思ったけれど―― いや、これは恋ではない。もっと崇高なものだ。父親が娘に対して与える愛だ。 人間臭くて泥臭く、ない方が世の為人の為。ついでにカレンの為になるということはわかっているが……。 そしたらこの想いは行き場を失ってしまう。 ギルバートの為ではなく、カレンの為でもなく、己の為にリチャードは決闘の申し込みを受ける。 リチャードは家に帰るとある物を探した。 ついてきたリョウは、 「何してんの? リチャードさん」 と、心配そうに訊く。 「私のアイテムを探しているのだよ」 リチャードは答える。がさがさ荷物を散らかしながら。 カレンは今頃エレインに愚痴を言っているだろう。エレインがどう反応するかは知らない。 (あれは……あの辺にあったはず) 人生で最も荒れていた時期に購入したもの。これがあればアルバートなど怖くないと思っていたもの。結局使わずじまいだったが。 それを見た時、リョウが目を輝かせた。 「なるほど、これがあったら負けやしないね」 「さぁ、どうだか……古いタイプのだからな。最新の銃には効き目があるかどうか……だが、衝撃は和らげてくれるだろう」 リチャードとリョウはびしっと親指を立てた。 2012.9.19 かつてのスターに花束を 20 BACK/HOME |