かつてのスターに花束を
19
「な……」
 カウンター席の空気が一挙に凍った。――リチャード以外は。
 赤ら顔をしたロシア系と思われる白人達がやってきたが、エレインもしばらく動けなかった。
 やがて呪縛が解けると――
 エレインがテーブル席のロシア系白人の元へ注文を取りに行った。
「おどれーたなぁ」
 ケヴィンがわざとおどけた調子で、しかし驚き呆れた様子で溜息を吐いた。
「今の世の中、まだ決闘で決着をつけようとする男がいたとはなぁ。なぁ、ギル、アンタ気に入ったよ。んで? 決闘は何にすんの?」
「射撃だ」
「射撃ぃ?」
 ケヴィンが眉を顰めた。
「死人が出るんじゃないだろな」
「もちろん。負けた方が死ぬんだ」
「冗談じゃありませんよ!」
 リョウがバンと机を叩いた。後ろを向いた彼はエレインと目が合ったらしく、さっと視線を戻す。
「まぁ、いいんじゃねぇの?」
「ケヴィンさん!」
「――リチャード・シンプソン。この申し出、受けるかね?」
 ギルバートの目は本気だ。何かに取り憑かれたようにぎらぎらしている。
 リチャードには、ふと気になったことがあった。
「――よかろう。受けて立とう」
「リチャードさん……」
「本気なの?! リチャードさん!」
「ああ。あの二人は本気だよ」
 ケヴィンがのんびりと言った。この場を仕切るには些か緊迫感がない。けれど、この場を捌くほど、リョウもカレンも人生経験を積んではいなかった。
 エレインはロシア系の人々の相手をしている。どういう訳かけたたましい。体格も立派な者ばかりである。
 赤ら顔の客達に追われているエレインは放っておいて、ケヴィンは話を進める。
 決闘は三日後の早朝と決まった。
「はい。これが書類ね。サインしたら後には退けないよ」
 アメリカは契約社会なのである。
 リチャードもギルバートもサインをしたためた。
「よぉし。立会人は俺、ケヴィン・アトゥングル、と」
「待ってください! ケヴィンさん!」
「私の意志を無視して何勝手に話進めているんですか!」
 リョウとカレンは口々に叫ぶ。
「邪魔しないでやろうや。男のロマンってやつだ。二人とも老い先短いからなぁ」
 ケヴィンがふぅっとカレンに息を吹きかける。
「でも、決闘は法律で禁止されてるんじゃ……」
「じゃあ、これから警察行くかね? 警察行って止めてもらうかね? あそこには確かペテロという仇名の警官がいたなぁ、そういえば」
「もうやめましたよ! その人は!」
 リョウが反駁する。
「じゃ、問題なし」
「何が問題なしなんですか……」
「そうよ、私の人権はないの?」
「すまんね。ダチのロマンの方が大事だ。それに俺達はもう契約を交わした。決闘と契約とどっちが大事なんだろうな」
 ケヴィンはあくまで決闘を進める方針である。
「これは、あくまでも内密のものだからな。この書類が警察に渡れば、俺だけでなく、リチャードやギルも罰せられる――と思う」
「――わかった。仕方ない」
「リョウ!」
「これでライバルは確実に一人減ると言う訳だ」
「あなたまで何言ってるの?」
「そうだ。マザコン坊や。おまえ話がわかるようになってきたじゃねぇの」
「冗談じゃないわ。そんな物みたいに取り扱われるなんて」
「カレン。おまえは知らないだろうが、アメリカがレディファーストの国なんて嘘だ。男に都合がいいレディファーストの国だ。いいじゃねぇか。年は少々食ってるが、極上の男に取り合いされて、女冥利に尽きるってもんだろ?」
「私はそうは思わないわ。ケヴィンさん」
 ここでいつもなら必ずエレインが止めるのだが、彼女は客の相手で忙しい。酒だつまみだとちょこまか動き回っている。
「まぁいいさ。リチャードもギルバートも立派な大人の男だ。心配はいらない」
「私は心配でたまらないんですけど……」
「何か本当に大事が起こったら俺が何とかしてやるから、な?」
 カレンは渋々ながらも頷いた。この山師の男をどれだけ信用できるかわからないながらも、だろうが。
「俺にも反対する理由はないな」
 と、リョウ。
「よーし、決まった。場所は三日後、早朝六時、グロリア牧場だ」
 リチャードとギルバートは、ケヴィンに向かって、
「わかった」
 と、同時に答えた。
「アンタ達、そんなことしなくても、私には版権代理人や弁護士のコネもあるのよ」
 エレインが料理の会い間に話に飛び込んできた。
「エレイン――エラ。悪いが今回は男のロマンを優先させてくれ」
「でも、リチャードさんとギルバートさん、どちらが死んでも寝ざめが悪いもの」
「俺にとってもそうなんだけどね……」
 リョウも心の内で葛藤しているようだった。
(大丈夫だ、リョウ。私に考えがある)
 リチャードがリョウの耳にそっと囁く。リョウは、「ほんとなの?」という目をした。
 教会についての感想を訊くはずが、それどころではなくなってしまった。
 まぁいい――リチャードは思った。
 確か最近新しく教会を建てたという話だ。知り合いの話によると大きくて広いそうだ。いずれ行く機会もあるだろう。
 龍一郎にもしばらく会ってない。会いたい。アイリーンにも無事な姿で会いたい。
(ということは、負ける訳にはいかないな。この勝負)
 久々に体の中から熱が発散するような感覚をリチャードは覚えた。
 カレンと、俳優生命と、実際の命がかかっている。学生時代お遊びでやった決闘ごっことは違うのだ。
 特にカレン。彼女を失う訳にはいかなかった。
 恋はもうし尽くしたと思ったけれど――
 いや、これは恋ではない。もっと崇高なものだ。父親が娘に対して与える愛だ。
 人間臭くて泥臭く、ない方が世の為人の為。ついでにカレンの為にならないということはわかっているが……。
 そしたらこの想いは行き場を失ってしまう。
 ギルバートの為ではなく、カレンの為でもなく、己の為にリチャードは決闘の申し込みを受ける。
 リチャードは家に帰るとある物を探した。
 ついてきたリョウは、
「何してんの? リチャードさん」
 と、心配そうに訊く。
「私のアイテムを探しているのだよ」
 リチャードは答える。がさがさ荷物を散らかしながら。
 カレンは今頃エレインに愚痴を言っているだろう。エレインがどう反応するかは知らない。
(あれは……あの辺にあったはず)
 人生で最も荒れていた時期に購入したもの。これがあればアルバートなど怖くないと思っていたもの。結局使わずじまいだったが。
 それを見た時、リョウが目を輝かせた。
「なるほど、これがあったら負けやしないね」
「さぁ、どうだか……古いタイプのだからな。最新の銃には効き目があるかどうか……だが、衝撃は和らげてくれるだろう」
 リチャードとリョウはびしっと親指を立てた。

2012.9.19

かつてのスターに花束を 20
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