かつてのスターに花束を
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「お茶でも飲んでいかないか? 両親に紹介したいから」
 そう言ったリョウに誘われてアリスと一緒に来たのは、広いパーティー会場だった。
 何十人かのお客が集まっている。内輪の会らしい。子供達も大勢いる。みんなぴしっと格好を決めていた。
(やはり教会員の集まりね――みんなフォーマルな格好しているわ)
 カレンは、もうちょっとおしゃれしてくれば良かったな、と思った。他の人々は気にしていないようであるが。
 木でできた十字架。ステンドグラス。花柄の絨毯――それと人をくつろがせる何かがあった。テーブルにはお菓子や料理が用意されている。
 クリスチャンでないカレンにも、楽しげな雰囲気は伝わった。人々は笑いさんざめく。リョウもアリスも笑顔だった。
 カレンがソファに座ろうとそちらへ向かう。その時だった。
「Hello,nice to meet you!」
 男の人に肩を叩かれて、カレンはどきっとした。初対面の人だった。しかし、爽やかな感じがする。高い鼻、茶色い髪の背の高いハンサムな男性であった。
 かなりフレンドリーね。そうは思ったが、嫌な感じはしなかった。
「見かけない顔だね、名前は?」
「カレン・ボールドウィン」
「僕はピエール・ルグラン。宜しく」
 ピエール……というからにはフランス系なのだろうか。
「ピエール。その人は俺の恋人だぞ」
 リョウが割って入る。
「おお、ごめんごめん。でも、僕にも妻がいますから」
 やはり妻帯者か……カレンは残念なような、ほっとしたような気持ちになった。
「リョウ、リョウの恋人はあたしよ」
 アリスが言った。
「アリス……違うだろ」
「おう、もてるね。リョウ」
 ピエールが哄笑した。
「もう、そんなんじゃないんだってば。俺の本命はカレンなの」
 リョウはそっぽを向いた。アリスが続けた。
「あら。カレンはリチャードさんが好きなのよ。今、彼の話書いてる途中なんだから」
「おう。カレンは作家ですか?」
「え……えと、まぁ、似たようなものですが」
 カレンは照れて俯いてしまった。作家――それを目指したこともあった。けれど、小学校の先生から、
「君は台詞回しが上手いね」
 と褒められ、以来、脚本家を目指すようになった。叔父のロナルドが映画製作所の所長ということもあった。彼女は次第に映画に興味を持つようになった。
 わけても、リチャード・シンプソンとロザリー・リトルトンの黄金コンビに。
「全然違うわよ! カレンはね、映画の脚本書いてるの!」
 アリスは自慢そうに胸を張った。アリスの胸は大きい。しかも金髪の美女だ。
(この子も参加させたいな――)
 だが、それはリチャードの話が終わってからだ。
 アイディアが湯水のように湧いてきて、カレンは少し困っていた。嬉しい困惑ではあるが。だから、「才能が枯れた」とぼやく作家達の話は、カレンには理解できない。彼女はまだ若い。
「お茶いります?」
 ソフトな声がした。聞き覚えのある――
「お袋!」
 カレンが何か言う前に、リョウが叫んでいた。
「お袋、今日の歌も良かったよ」
「ありがとう。リョウ」
 リョウの母親――アイリーンが柔らかく笑った。天使の笑みって実際にあるのね、とカレンは感心した。
「よ、来てくれたのか。リョウ」
 白髪交じりの男が心安だてにリョウの肩を叩いた。柊龍一郎牧師である。
 リョウが年を取ったら、こうなるであろうような青写真みたいな男である。なかなか整った顔立ちをしている。日本人は若く見られるというが、この男はいくつぐらいだろう。
「こんにちは。ファスター」
 ピエールが笑顔で答える。
『牧師』は、英語で『Pastor』と呼ぶ。ちなみに神父は『Father』である。プロテスタントは牧師、カトリックは神父だ。
「今、可愛らしいお嬢さん方とお話していたところです」
「それは良かった」
 龍一郎は機嫌よく微笑んだ。童顔の彼には、微笑みが良く似合う。
「あ、お義父様」
「お義父様?」
 アリスの台詞に、理解できないといったように龍一郎は首を傾げた。
「初めまして。アリス・シャロンです。アーサー・リョウ・柊の婚約者です」
「違うだろー!」
「ほう、君が。良かったなリョウ。いい彼女ができて」
「アリスが勝手に突っ走っているだけだよ」
 何度も何度も同じ説明をさせられて、うんざりした様子のリョウは、ご機嫌斜めらしい。
「ごめんなさいね。リョウ」
「……お袋が謝るこた、ないさ」
 少し神妙な顔つきになったリョウが言った。
「俺が好きなのは、ここにいるカレン・ボールドウィンなんだからな」
「まぁ、そう……」
 アイリーンはそれ以上追及しなかった。
「早く飲まないとお茶が冷めるわよ」
 そう言って、またふわっと目元で笑った。ああ、この人はみんなに愛されるだろうな。龍一郎もそうだけど。二人はとてもお似合いだ。
 その二人から生まれたのがリョウである。リョウもいい男になるであろう。マザコンの癖さえ直せば。
「いただきます」
 ソファに座って黄色っぽい色の熱いお茶を息をかけて冷ます。一口、口に含んだ。――美味しい。独特の風味だが楽しめる。
「あの……これは何のお茶ですか?」
「カモミールティ―よ。気に入ったならまた淹れるけど」
「いえ……今はいいです」
 アイリーンには、人をリラックスさせるムードがある。このカモミールティ―と同じように。
「アイリーンはね、ハーブを育てるのが好きなんだ」
 龍一郎が微笑を湛えながら説明した。
「お袋のハーブティーは絶品だよ」
「うん。美味しい。他にもいろいろ教えてくださいね。お義母様」
 アリスにはめげるということを知らないようだった。
「私も淹れ方教えて欲しいです」
 と、カレン。
「いいわよ。一息ついてからね」
 アイリーンの言葉に、カレンとアリスは同時に頷いた。
(リチャードさんはどうしているだろう)
 カレンはこのハーブティーをリチャードに振る舞いたくなった。アイリーンはリチャードの親戚だ。飲んだこともあるだろうが。
(でも、ご馳走してあげたいなぁ……)
 リチャードは、あの家でのんびりくつろいでいるだろうか。それとも『十月亭』にいるのだろうか。それとも――。
 他にリチャードが行きそうなところが思い浮かばない。
(私はリチャードさんのことを何も知らない)
 それが少し、悔しかった。リチャードとロザリーの一晩のことは、知らないでいたから書けた。知っていたら削っていたであろう。
 そのシーンを思いついたのは偶然のなせる業だった。彼らはそれほどまでにセクシーだった。二人が恋人同士と言われても信じたであろう。
 けれど――リチャードは行動範囲が少ないように思えた。
 考え事をしているうちに、カップのお茶が冷めた。カレンはゆっくり飲み干した。
 アイリーンがそれを見て嬉しそうに目を細めている。まるで可愛い子供でも見ているように。
「お代わりいる?」
「――はい。ありがとうございます」
 アイリーンはカレンのカップにお代わりを注いだ。龍一郎や、教会の青年達もまめまめしく皆にお茶を勧めていた。

かつてのスターに花束を 17
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