かつてのスターに花束を 「ここ、いいか?」 「――どうぞ」 ギルバートは、リチャードの隣に座った。 ――エレインが「ご注文は?」と訊いた。 「バーボン。ストレートで」 「体壊すわよ」 「もう遅いって」 ギルバートは、その男らしい顔に、鷹揚な笑みを浮かべた。この男は自由な獣に似ている。体臭もどこか男くさい。あけっぴろげで自分の気持ちも隠さないように見える。 「全く……うちに来る男性陣はそんな人達が多いんだから」 「リチャードもかい?」 「そうよ。こう見えて結構うわばみなんだから」 エレインが言ったことは事実なので、リチャードは黙っていた。こんな冬の日に酒場に来ようとする物好きの一人だ。何と言われても致し方ない。 「それは意外だったな。まぁ、あの世界は酒と女しか娯楽がないもんな」 異彩な存在感を放つ逞しい俳優は、バーボンが来ると、それを喉に流し込んだ。 「おい、紹介してくれよ。リチャード」 ケヴィンがリチャードの袖を引っ張った。ケヴィンはギルバートとは初対面なのだ。 「俺もギルのファンなんだからよ」 ケヴィンのその台詞が、ギルバートの耳にも入ったらしい。ギルバートは、またにっと口角を上げた。 「そっちの奴は友達か? 随分黒い奴だな」 「日焼けのし過ぎでさぁ」 ケヴィンが負けずに言い返した。彼らは笑った。リチャードを放っておいて。 「俺はケヴィン。ケヴィン・アトゥングル。リチャードの親友だ」 「ギルバート・マクベインだ」 そして、二人は握手を交わした。 「御活躍は拝見しとりますよ。『西部の狼』とか、『待ってりゃ朝は来る』とか」 「ありがとう。西部劇以外の作品も見ているようだな」 「ええ。ファンですから」 そう言って、ケヴィンはいそいそとメモ帳を出した。サインしてくれということなのだろう。ギルバートは快く応じた。 「大事にしますよ」 ケヴィンは嬉しそうにサインを受け取った。 「良かったな。ケヴィン」 リチャードも喜色満面だ。ケヴィンまでギルバート・マクベインのファンだとは知らなかったが。自分のことのように嬉しい。 「それにしても、こんな吹雪の日に固まって、何する気だったんだ?」 ギルバートの疑問ももっともだ。リチャードが笑顔で答えた。 「話を聞いてもらおうとしたんだよ」 「話を?」 「ああ。エレインにね」 「そこの別嬪さんにか」 「ほんとにまぁ……お上手ね」 エレインはグラスを吹きながらくすくすと笑った。 でも、満更お世辞でもないかもしれない。エレインは美人だし、スタイルも良いし、話も上手だ。酒場のママがぴったりかもしれない。 リチャードも、エレインが好きだ。友だちとしてはロザリーよりも好きかも知れない。 だから――彼女とは寝ない。そう決めている。 エレインの父親は気になるが、エレインは知らないと言って答えない。本当に知らないのかも知れない。ロザリーは多情な女だったから。 「どうしたの? リチャードさん」 エレインをじっと見つめているリチャードに、相手は小首を傾げた。話をしたいと思っても、なかなか話の接ぎ穂が出て来ない。 「俺が邪魔だったら帰るぜ」 「この吹雪の中を?」 エレインが訊いた。 確かに、外は風がびゅうびゅうと吹いて来る。ここの店の中にまで、寒気が入って来る。さっきよりひどくなってきたようだ。 ――ギルバートはうんざりというジェスチャーをしながら、エレインに向き直った。 「しばらくここにいるわ」 「ふふっ。それがいいかもね」 「リチャード、いいか?」 「そんなことで断るディックじゃありませんよ。俺の親友はね」 「ディックと呼ぶな――私は大歓迎だ。今、ちょっと寂しい気分だったからな。賑やかなのは大いに結構だ」 「寂しい? 何故?」 ギルバートが質問した。 「リョウが、友達と一緒に龍一郎の教会に出かけてしまったもんだから、拗ねてるのさ」 「別に拗ねてるわけじゃない」 「いんや。拗ねてるね。俺はあんたとは長い付き合いだからわかるんだ」 リチャードは、ふん、と鼻を鳴らした。 「なぁ、ギルバートさん。この男はクールを気取っているが、その実寂しがり屋なんだぜ」 「わかるような気がするぜ……一杯飲みな」 ギルバートが、何か酒を頼もうとする。エレインは笑い声を立ててから、 「今日は駄目なのよ。リチャードさんにお酒は」 と言った。 「え? 何で?」 ギルバートが怪訝そうな顔をする。 「ああ! さてはエレイン目当てで来たな。リチャードさんよぉ。隅におけないぜ……ったく」 「エレインは私の体を心配しているだけだよ」 「その通りよ。ここで死なれちゃ、寝ざめが悪いわ。それに、あなたが死ぬと、大勢の人が悲しむわ――私も含めてね」 エレインは花が咲くように、にこっと微笑んだ。 「ありがとう――気遣ってくれて」 「いえいえ。どうも」 リチャードにはわかる。エレインは、本気でリチャードのことを思っているのだった。多分、子供の頃から。 (おさけばっかりのんじゃだめ!) 小さい頃のエレインの、舌足らずな台詞を思い出してリチャードは僅かに和んだ。 「リョウって誰だ?」 ギルバートは気になったようだ。 「リョウっていうのはね――私の従妹の息子だよ」 「従甥って言うのよね」 エレインは素早く口を挟んだ。 「そしてマザコン」 ケヴィンも横合いから口を出した。 「アイリーンはいい女だよ。エレインと同じくらいにね」 「あら。アイリーンさんの方が素敵だわよ。私、子供の頃憧れてたんだから。今でも美人よね」 「そうだな」 「……興味が出てきたな。エレインとタメ張るぐらいの美女なら」 ギルバートが舌で唇を湿した。そして、また酒を口に入れた。 「だめよ。アイリーンさんは今はもう龍一郎さん一筋なんだから」 「ほう。それはそれは。なかなか感心な女性だな」 「んで、その息子が母親に叶わぬ恋をしてるわけ」 ケヴィンが茶化す。 「まぁ、リチャードの従妹なら、美人だろうな。金髪か?」 「いいや。黒髪だ」 と、リチャードが答える。カレンと似た、ウェーブのかかった長い黒髪の女性……年を取った跡の見えない、いつまでも若々しい女性。 「そうか――黒髪も好きだな。というか、黒髪の方が好みだ」 ギルバートは豪快に笑うと、酒のお代わりを注文した。エレインはギルバートの体が心配なのか、そんな彼をやんわりとたしなめた。 かつてのスターに花束を 15 BACK/HOME |