かつてのスターに花束を
11
 カレンはロナルドに迎えに来てもらうよう頼むつもりでいたが、リチャードが、
「今日は私の家に泊っておいで」
 と言うので、好意に甘えさせてもらうことにした。
「君達は隣の部屋を使っていいよ」
 リチャードの親切に、
「えー、あたし、リョウと同じ部屋がいい」
 と、罰当たりなことを口にしたのは、アリスだ。
「おう、隣の部屋で寝ろ。俺は一向に構わないから」
「ひっどぉーい! リョウってば」
「ひどくないひどくない。君達はまだ子供なんだからな」
 リチャードが窘める。六十過ぎの彼からしてみれば、二十前後の若僧なんて、まだまだ子供にしか見えないだろう。子供にすら見えないかもしれない。
 だが、リチャードは、子供達が言い合っているのを慈愛の目で眺めている。微笑ましいとか、思っているのだろう。
「アリスは、十九よね?」
「うん、リョウと同い年よ」
「私は二十二よ」
「じゃあ、あたし達よりお姉さんなんだね」
「そうよ。だから、あなた達の恋も、心から応援するわ」
「カレン……俺、アンタと意志の疎通が図れてないような気がするんだけど……」
 リョウが不服そうに言った。
「リョウ。あなたにとっては、本当にお母さんだけ? 他に恋してる人、いないわけ? アリスも可愛いと思うけど?」
「だからさぁ……お袋と結婚するのは不可能だろ? だからカレン、アンタでもいいと思ったんだ」
 リョウが頬を染めた。
「私はお母さんの代わり?」
「うん、そう」
 リョウが素直に答えた。カレンが何となくムッとし、アリスが吹き出した。リチャードは微笑している。
「この家って、楽しいね」
「おまえがいなきゃもっと楽しいんだけどな、アリス」
「憎まれ口叩くリョウも可愛いわ。あなたのお嫁さんにしてね」
「絶対やだ!」
 子猫がじゃれ合っているようで、愛らしいとカレンは思う。きっと、リチャードも同じ気持ちだろう。
 リョウとアリス、なかなかお似合いである。アリスがリョウにめげないところがいい。たとえリョウが筋金入りのマザコンだとしても。
「さぁさ、君達、寝た寝た」
 リチャードがぱんぱんと手を叩く。
「私はもういい年だからな、この時間帯になると眠くなるんだ」
「年寄りだからな」
 リョウはにやっと笑った。
「そんな悪口言うと、外に放り出すぞ」
「わぁ! 勘弁勘弁! この季節に外に出されるのは勘弁! リチャード・シンプソンは立派な青年です!」
「宜しい」
「ついでに言うと、立派なスターです!」
「そう! リチャード・シンプソンはスターなのよ!」
 カレンがつい熱を込めて言った。
「へぇ……カレンさんはリチャードさんがいいわけ? 老人愛?」
「そういうわけじゃ、ないんだってば……」
 リョウのからかいに、カレンは何となく語尾を濁す。
「けれどさ、気持ちわかるわぁ。リチャードさんはスターよね?」
 アリスも言った。カレンと気が合いそうだった。
「そうそう。オスカー賞もらった時のリチャードさんは、輝いてたわ!」
「うんうん、わかるわかる。リチャードさんは、あの『黄金コンビ』の一人だもんね。ロザリーさんも素敵だったけど。あたし達、若い頃は、ロザリーさんに憧れていたものよ」
「いや、今だってあなたは若いでしょ」
「カレンさんだって」
 アリスとカレンが意気投合して、リョウは何となく手持無沙汰のようだった。
「リチャードさんは、美貌とソフトな声がいいのよね。女の子はみんな好きだったんじゃないかな。リチャードさんて、女の人いっぱい泣かせてそうだけど」
「あら。リチャードさんは真面目よ」
 ロザリーさんのことに関しての事実を抜かせばね――カレンはそう思った。
 いや、ロザリーとのことをまだ引きずっているところを見ると、やはりリチャードは彼女に対しても真面目かもしれないが――。
 カレンは、それは過去のことだし、ロザリーは美人だし、それはそれでいいのではないかと考えることにした。そういうところは二十歳過ぎの女である。男女のことに関しては、まだ未経験だが。
 ひとつにはカレンの理想が高いのと、あと、脚本書く方が色恋で騒ぐより性に合っているから――というのがある。
「でも、リチャードさんていいわよね。年を取るにつれて、よくなっていった」
 アリスは一人でうんうん頷く。
「リチャードさんの姿が、もう銀幕で観られないなんて、残念だなぁ……」
「それがさ、チャンスが舞い込んで来たんだよね」
 ホットココアを片手に、リチャードが言った。
「え?! なになに?! リチャードさん、映画界にカムバックするの?!」
 アリスが大声で騒いだ。
「うん。まだ決まってはないんだけどね」
「……私も初耳だわ」
 カレンが目を見開いて、リチャードに目を向けた。
「うん。そこにいる、未来の脚本家、カレン・ボールドウィンの話でね」
「え……ええええええーーーー!!!」
 今度は、叫んだのはカレンの方だった。
「じゃあ、じゃあ本当に出てくれる? リチャードさん、本当に出てくれる?」
「ああ。――脚本を直してくれたらね」
「直しますとも、直しますとも! リチャードさんが本当に出てくれるんなら。というか、私の脚本で本当にいいの?」
「カレン、『本当に』を三回も言ってるぞ」
 リョウの指摘も、カレンは気にしない。リョウがそこにいることすら忘れていた。
「じゃあ、私、これからもっと取材しますから!」
「ああ……でも、あいつのことだけは出さないでくれよ」
「あいつって?」
「――アルバート・オブライエン」
 些か言いにくそうに、リチャードは口にした。
「はい、了解です。私もあの人苦手ですし」
「知っているのかい?」
「人の話を通してですけれどね。昔はいい男だったようですし、結構話題になってましたけど、私はあまり……ファンはたくさんいましたが」
「そうだな」
 遠い目をして、リチャードは言った。
「そうだな――好き嫌いの分かれる人だった」
 その男も、もう鬼籍に入っている。リチャードなりに、アルバートという一人の梟雄を懐かしんでいるように見えた。
「さ、君達はお風呂に入ってもう寝るんだな」
「はーい」
 三人は返事をした。
 カレンとアリスは、布団の中でもお喋りをしていた。布団は便利だ。いちいちベッドをこさえなくても、寝る場所ができる。リチャードの家には、布団が二組あったのだ。
 リョウは可哀想に、寝袋に寝かされている。
『女は言語中枢が男より発達している』……ある日本の漫画の台詞だったような気がする。彼女達は、夜遅くまで話し込んでいた。
「あたしね――リョウみたいな子供が欲しかったの」
 アリスは告白する。
「でもね――リョウはあたしの子供じゃないでしょ? だから次善の策として、リョウと結婚して、リョウに似た男の子を産むことにしたの」
 なるほど――アリスがリョウの行き過ぎた母親好き度に引かなかったわけも、これでわかる。そして、リョウは母親のような恋人を求めている。
 しかし、アリスのいうような――そんな都合のいいように行くのだろうか。
 三億の精子の中で、上手い具合にリョウに似た遺伝子を持ったものが卵子と受精するだろうか――結構可能性の低い賭けではないのか。――そのことについて互いに考察しているうちに、いつの間にかカレン達は眠ってしまった。

かつてのスターに花束を 12
BACK/HOME