アジアンハート 2

 リョウは空港まで出迎えに行っている。――大澤遥、羽田礼紀の二人を。
 何もそこまでしなくても……リチャードは思ったが、道案内に行ったのかな、それに、ニューヨークは何かと物騒な土地だし、と考え直した。大の男三人だ。まず身の危険は少ないにしても。
 それにしても遅い。私も出向くべきだったか。けれど、もうフットワークが軽い年でもなし――リチャードが思案に暮れていると――。
 ピンポーン。
 来た!
「ようこそ、わっ!」
「リチャードさーん!」
「止せ、遥!」
 リチャードを抱き締めようとした遥を礼紀と思しき青年が引き止めた。
「ああ、ごめんごめん。俺、嬉しくなると見境なくなるんだ」
「遥……リチャードさんはもう年なんだぞ。吃驚させて心臓発作でも起こされたらどうする」
「済まない……」
 遥はしゅんとなった。
「まぁ、訂正はせんがね。リョウ、遥はいつもこんな感じなのかい?」
「――そうでもない。こいつはリチャードさんに会って舞い上がってるだけ」
 リョウはやれやれと溜息を吐きながら言った。
「ああ、リチャード・シンプソンって言ったら、俺の憧れだもん。黄金コンビの出てた映画、最高でした!」
「良かったね。サインでももらえば?」
 礼紀も呆れているようだった。この青年はまともそうだ。
「うん。勿論そのつもり」
 遥は無邪気に笑った。
 こんなヤツ、昔いたな。どこで見たんだっけ――リチャードは考えを巡らす。
 だが、遥の一言がリチャードの考えを中断させた。
「そうだ。お土産あったんだ。えと……」
 遥がズタ袋をごそごそと漁った。
「あ、あった。はい、これ。リチャードさんにあげる。トロールビーズアジアンハートです」
「――綺麗だな。ありがとう」
「おい、遥。それ、ヤバイもんじゃないだろうな」
「リョウ……いわくつきの物を俺がリチャードさんにあげると思うか?」
「いや、わからないぞ……何たって遥だからな」
「ひでー言い草」
 遥がぶうっと膨れた。リチャードは思わず吹き出した。
「どうせ信用ねぇんだ。俺は――あ、自己紹介がまだでしたね。俺、ハルカ・オオサワです。こっちがダチのレイキ・ハダ」
「どうも」
「何かいろんな順番がとっちらかってるヤツだろ? リチャードさん」
「うーん……」
 何とも言えないリチャードであった。何故ならもっと非常識な人間をたくさん見て来たからだ。リチャード自身、非常識な部類に入るし。
「取り敢えず何か淹れてやってよ」
「そうだな。紅茶でいいか?」
「リチャードさんに淹れてもらった紅茶?! 飲みたいです!」
「遥……こういう時はもっとしおらしくしてないと駄目だろう?」
 礼紀が遥を窘めた。
「そんな……遠慮しなくてもいいのに」
 と、リョウ。
「僕、手伝いましょうか?」
 礼紀が自分から進んで申し出る。
「君はお客さんだ。座っていてくれたまえ」
「でも……」
「俺も手伝う」
「そうだな。三人で淹れよう」
「俺、ちょっと休んでいいかな」
「リョウ――お前は本来なら真っ先に手伝いを申し出る立ち場にいるんだぞ」と、リチャード。
「わかってるよ。でも疲れた……」
 ――本当に疲れているようだった。リョウが襟元のボタンを外す。
「んじゃ、茶が入ったら起こすよ」
「ん……」
 リョウはリチャードのソファに横になった。
「君達はリョウと同じ大学なんだってね」
「そうだよ。俺と礼紀は中途で入ったんだ」
「遥とは元々知り合いでね」
「礼紀と同じ学部で顔を合わせた時は『うっそー!』って思ったぜ。これもご縁ってヤツかな」
 遥と礼紀は楽しそうに笑う。
「それでリョウとは? リョウの絵目当てで押しかけたというようなことを聞いたけど?」
「ああ。こいつの絵いいよな。一瞬で惚れ込んだ。そして即刻会いに行ったって訳」
「はた迷惑な押しかけ女房だ」
「やだなぁ、礼紀。俺は女じゃないっての」
「美術部とはそう離れてないからな」
「んで、リョウとも仲良くなったって訳」
「――ふぅん」
 割とよくある話じゃないか、とリチャードは思った。もっとおどろおどろしい何かがあるのかと思った。リョウが慌てふためくくらいの。
「リョウの絵には心があるね。アジアの心だよ。アジアンハートだよ」
「アジアンハート……」
 確か、さっきもらったのが『トロールビーズアジアンハート』って言わなかったっけ――遥はアジアンハートが好きらしい。
「リョウの親父さんにも会ったぜ。霊力はあるけど霊感は全然なかった」
「遥の正体を見抜けなかったぐらいだもんな」
「龍一郎に?」
 遥と礼紀の会話にふと加わる。――お湯が湧いてケトルが音を出す。
「おっと」
 遥が火を消す。
「リチャードさんはどんな茶葉を使っているんですか?」
「茶葉? ティーバッグで充分だろう?」
「そんな……リチャードさんはもっと贅沢な暮らしをしてると思いました」
「生憎金がないんでね」
「でも、『かつてのスターに花束を』ではかなり稼いだっしょ」
「遥!」
 礼紀が遥を睨む。
「金のことは言うなっての」
「別段構わないよ。大部分は預金に回したからな」
「預金?」
「リョウにも――遺産として残してやるんだ」
「リョウに……」
 遥はぽたぽたと泣き出した。
「な……何だ? どうした……?」
「俺、嬉しいんです……リョウが……あのアーサー・リョウ・柊がリチャードさんに家族のように愛されているなんて……」
「まぁ、半分は息子に残すんだけどな」
「そっか。まぁ、そうですよね。――泣いちまってすみません」
「遥。お茶淹れるぞ」
 ティーバッグは四人分。礼紀はお湯をカップに均等に分ける。いい香りがキッチンに漂う。
「ああ、済まない。礼紀くん」
「いえいえ。――礼紀って呼んでください」

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2020.03.06

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