Satoru ten years old 遥は当惑した顔をした。 「どうして……真雪くん、だっけ? 君もいるのかなぁ?」 「いいだろ、別に」 真雪は反抗的だ。 昔からこういうところのある子だった。 せっかく容貌に恵まれて生まれてきたのに、この口調と性格のせいで、女の子には怖がられていた。 しかし、それも仕方がないのかもしれない――幼い頃から真雪を近くで見ていた私には、美貌が必ずしも人を幸せにするとは限らないことがわかった。 黙っていれば人形みたいな顔をしていたのだが、真雪自身も気に入らないようだった。 話を元に戻そう。 「真雪……悪いけど出て行ってくれないかな……」 私はおそるおそる嘆願する。 「やだね」 真雪は即答した。 「だいたい水臭ぇじゃねぇか。この俺に内緒で相談なんて。聡は俺の弟なんだぞ」 そうだった。 真雪は滅多に人に懐かない代わり、一旦気に入ると、何が何でもその相手の願うことに協力しようという気持ちになるらしい。 今の私にはありがた迷惑であるが――。 いや、そんな真雪を再び見ることができて、果報者なのかもしれないな、私は。 しかし、私も遥と二人きりで話がしたかった。 「俺、そんなに邪魔かよ」 真雪が不服そうに申し立てた。 「邪魔っていうか……ねぇ」 「僕にだって、プライバシーってもんがあるしねぇ……」 遥と私は困った顔を見かわす。 「俺、ここ動かないからな」 真雪はあくまでも頑固だ。 こうなったら仕方ない。 真雪も仲間に入れるか。 多分、彼が必要だからこそ、私の意識はこの時代に飛ばされたのだ。 私は真雪が死んだ時泣かなかった。 あまりにも突然で。 でも、ある日、この兄のことを思い出して、泣いた。 おお、それでは、私も真雪が死んだことを悲しむことができていたのだ。 それに、今は真雪も淳一兄さんもいるではないか。 たとえこれが夢だったとしても――。 この状況に感謝しなければ。 「遥……お兄さん。あの時計の話していい?」 「遥って呼んでいいよ」 「じゃあ、遥、僕……いや、私の身の上話を聞いてくれ。実は私は三十六なんだ」 「何だよそれー。笑えねぇ冗談!」 真雪が吹き出した。 「本当の話だ。私があの時計に触ったら、そのすぐ後に交通事故に遭って……この世界に来た」 「あの時計って、この時計のことか?」 遥が懐中時計を取り出した。 「おいおい。SFじゃねぇんだから」 「本当の話だったら」 私は真雪と言い合いを始めた。 「まぁまぁ。それには、俺も心当たりないでもないんだ」 遥がとりなす。 「この時計不思議な時計でよ。俺もタイムスリップしたことあるんだ。でも、大人から子供へって言うのは、初めてだな」 見た目は子供、頭脳は大人……って、『名探偵コナン』じゃあるまいし。 私に難事件を解くのは無理だぞ。 自慢じゃないが、ミステリーは得意じゃないんだから。 ミステリー作家に憧れ、高橋くんに下手な作品押し付けたことはあるがな。 「それで、俺達にこの時計を売りつけようってわけか?」 「……悪質訪問販売みたく言わないでくれないか」 真雪の言葉に、遥は口をへの字に曲げた。 「この男にそんな頭を使う悪事なんてできるわけない」 「それはフォローのつもりか、聡……」 私の勉強机とセットになっている椅子に腰かけたままの遥は呆れているようだった。 「だから、取り敢えずこの人は信用していい」 「う……聡がそう言うんなら」 真雪は、私のことをいつも信じてくれていたっけ。 尤も、エイプリルフールの嘘にも引っかかってくれていたが。 「ちょっと待て。俺は傷ついたぞ」 「勝手に傷つけよ、バーカ!」 真雪は遥に向かって舌を出す。 だが、遥は一瞬の間の後、途端に笑い出した。 「おまえら、面白いな」 「俺は面白くない」 「何だよ。せっかく褒めてやったのに」 「褒めたように聞こえない」 この二人のやり取りも結構楽しいが、ずっと聞いていたら、時間があっという間に経ってしまう。 私はいつ、現在に引き戻されるかわからないのだ。 彼らは漫才みたいな台詞の応酬を続けているので、いつ口を挟もうかタイミングを見計らっていると――。 「あ、そうか。おまえにとって褒められるっていうとあれか。『きゃー、真雪くーん。女の子みたいで可愛いねー』とか?」 あ、言ってはいけないこと言ったな。 「てんめー! 殺してやる! いつか殺す!」 「な……何だよ、急に。冗談だっての。悪かったよ」 「てめー死ね! 今すぐ死ね!」 あーあ、真雪の逆鱗に触れたな。 遥に注意しておかなかった私も悪いのだが。 大きい目、細い眉、紅もひいてないのに真っ赤な唇。 真雪のコンプレックスはこの顔なのだ――まるで女のように見える顔。 幼稚園の頃はそれでいじめられたらしい。 キスを強要した男の子もいたそうだ。 そんな真雪に、淳一兄さんは言った。 「強くなりなさい、真雪。そんなことに負けないように」 ――と。 私も兄さんと共にその場にいたから知っていた。 それから真雪は強くなった。 しかし、おそらく、淳一兄さんが考えていたのとは別の方向に。 わざと乱暴な言葉を使うようになった。 喧嘩もしょっちゅうだった。 けれど、弟として、兄の名誉の為に言っておくが、真雪は弱い者いじめだけは決してしなかった。 むしろ、いじめられっ子を守ってやっていた。 気のいいガキ大将だったのだ。 「真雪は顔のことを言われるのが一番嫌なんだよ」 遅まきながら、私はそう教えてやった。 「そうだったのか――すまん! 俺が悪かった!」 遥の土下座に、真雪は、それほどまで謝るんなら――と、遥を許してやった。 Satoru ten years old 8 BACK/HOME |