Satoru ten years old
6
「友達って……君達は初対面じゃないのかい?」
 淳一兄さんが訝しむ。
 昔から鋭いんだ、淳一兄さんは。
「い……いやぁ、ははは! すっかり忘れてて」
「ふぅん。ダチの顔忘れるなんてずいぶんひでぇ奴だな」
 真雪は不満顔だ。
「まぁまぁ。ご飯ができたから一緒に食べよう」
 と、淳一兄さん。
 私達は淳一兄さんの言いつけ通り、手を洗って食卓についた。
 私の目の前にはオートミール。
 日本人なんだから、お粥の方が良かったな……。
 まぁ、贅沢は言えないけれど。
 真雪と遥達にはフライドポテトとフライドチキン。
 しかも、結構量がある。
「鶏肉いっぱいいただいてね……大澤さんはフライドチキンは好きかな?」
「大好物です!」
「良かった」
 淳一兄さんはほっとしたようだった。
 長めの髪を掻き上げる。
 淳一兄さんはかなりのハンサムで、女の子のファンも多かった。
 真雪も顔立ちが整っている。
 尤も、女の子みたいと言われて、かなり気に入らない部分もあったようだが。
 真雪は顔立ちは女の子らしくても、性格はガキ大将だ。
 いつも子分を連れて歩いていた。
 私も結構いい男の部類に入ると思う。
 鈴村の家は、美形が多いみたいである――閑話休題。
「旨い!」
 一口食べて遥が感に堪えたような大きな声で叫んだ。
「本当? 簡単な料理だけど」
「いや。旨いっすよ。鈴村さん、料理の天才!」
「そうかい? 褒め過ぎだと思うけど」
 淳一兄さんは頬をぽりぽりと掻いた。
 シャイで謙遜な性格なのだ――私はそうではないが。
 しかし、淳一兄さんの料理は本当に美味しい。
 私は幸せ者だった。
 両親がいなくても、淳一兄さんが食事や洗濯から掃除までしてくれた――真雪もいるし。
 だから、昔はちっとも寂しいなんて思ったことはなかった。
 どうしてうちにはお父さんとお母さんがいないんだろう?――と疑問に思ったこともあったが。
 それ以外は、何不自由なく暮らしてきた。
「淳一兄さん」
「何だい?」
 淳一兄さんが私の方を見る。
「オートミール、美味しくなかった?」
「そんなことないよ。あ、あの――」
 言わなくては――チャンスは今しかないのだし。
 全てが当たり前だと思っていたこの頃の生活。
 淳一兄さんがいたおかげだ。
「淳一兄さん……ありがとう」
「おいおい、どうしたんだい。聡まで」
 淳一兄さんが照れ笑いをした。
 その表情までどことなく魅力的で、もてるのもわかる気がする。
 真雪は素知らぬ顔でフライドポテトを口に運んでいた。
 でも、真雪も淳一兄さんに感謝しているには違いないのだ。
「仲いいっすね」
 遥が感心している。
「この子達がもっと小さい頃、親を亡くしてね」
「どうして――って訊いてもいいですか?」
「いいよ。――車の事故だった」
「それは――御愁傷さまです」
 遥が神妙な顔をした。
「あはは。そんな顔しなくてもいいよ。僕には真雪も聡もいるし」
 淳一兄さんが笑った。
 私達は二人とも、淳一兄さんが大好きだった――真雪は口には出さないけれど。
 真雪は淳一兄さんの誕生日にはいつも自作の肩たたき券を贈っていた。
「いいっすね。そんな家族がいるって」
「そうだね。神様にお礼を言わなくちゃね」
 淳一兄さんはクリスチャンでもないのに、すぐ神様のことを口に出す。
 でも、淳一兄さんの信じている神は優しいから、私達はそんな神様の話を聞くのが大好きだった。
「鈴村さん、おいくつですか?」
 遥が食べる手を止めて質問する。
「淳一でいいよ――十七だけど」
「俺、二十二っす。俺より若いんすね。それなのに、この子達の親代わりっすか?」
「まぁ、そうだね」
「偉いんすね」
「そんなことはないよ」
 淳一兄さんは、照れながらもどこか嬉しそうだ。
 淳一兄さんは授業参観の時は、自分の学校を休んでも来てくれた――真雪の時と交互に。
 真雪はあまり成績が良くないが、聡の時は褒められることが多い――と、こっそり話してくれたことがある。
 私は優等生の方だった――真雪と違って。
 学年でも、テストの結果などはトップクラスの方だった。
 それが今ではしがない物書きだ。
 学校の勉強の出来不出来は大したことはないという見本のようなものだ。
 十で神童、十五で才子、二十歳すぎればただの人――という諺があるが、まさしくその通りだ。
 けれど、私が勉強ができたのは、淳一兄さんのおかげだ。
 淳一兄さんは、私にわからないところがあると、すぐ見てくれて、懇切丁寧に教えてくれた。
 淳一兄さんが行方不明になったと聞かされても悲しくなかったのは、彼がどこかで生きていることを信じていたからかもしれない――真雪の死は疑いようがなかったが。
 でも、真雪は死んでも私のそばにいるようで、やはりそう悲しくはなかった。
 その、今はいない二人が、今目の前にいるというのは、何となく変な感覚だった。
 思えば、あの時計から始まったのだ。
 大澤遥――おまえのせい……いや、おまえのおかげだ。
 早くあの時計の話をしてみたい。
 あの不思議な時計の話を。
 それにしても、これは夢じゃないんだよな――淳一兄さんがいて、真雪がいて。
 私は自分の頬をつねった――痛い。
「どうしたんだよ、聡」
 真雪が訊いて来た。
「いや、ちょっとね」
 と、私はお茶を濁した。
 淳一兄さんと遥はすっかり意気投合したらしい。
 二人が仲良くなって良かった――と私は思った。

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