Satoru ten years old 今夜はいい夢を見られそうだ。 私は安心して眠りに着いた あの、初めてこの時代に来て起きた時衝撃を受けた、曰くつきのベッドで。 気がつくと辺りは真っ暗闇だった。 なんだ、ここは? 「聡、聡」 声がする――この声には聞き覚えがある。 「聡、俺だ、俺だ」 「俺だなんて人知らないね」 オレオレ詐欺じゃあるまいし。 でも、私には誰だかわかっていた。 「なに冗談言ってるんだよ。俺だよ。真雪だよ」 大人になった真雪が姿を現した。 そこだけやけに明るく映っている。 女の子のようだった顔は面影を潜め、精悍な顔立ちの男に育っていた。 「聡――アンタは今、この夢を見てると思う。俺と同じ夢を」 「真雪……死んでいなかったのだな」 「もともと死んでなかったさ。俺の生存を信じていたのは淳一兄貴一人だったがね。でも、訳あって顔を出すことができなかったんだ。おまえもすぐ元の世界へ戻る。でもな――」 真雪は一拍おいた。 「おまえは俺の運命を変えたんだ。変えてくれたんだ。――遥もな」 「遥……」 「うん。あの男には感謝している。俺も、もうおまえの前に姿を現すことができるよ。今度こそ堂々とな。また仕事で他の場所に出なきゃならないが」 ところで、気になることがあった。 「私は――事故に遭ったんだな」 「ああ。瀕死の重傷だったが、一命は取りとめた」 真雪は踵を返した。 「ま、待ってくれ」 「『現実』の世界で待ってるぜ。聡。そうそう。時計は遥に返しておけよ。そうそう。俺はなぎさと結婚した。今はあいつは――鈴村なぎさだ」 そこで私は――目が覚めた。 白い部屋に小さな顔が二つ。 何だか真雪となぎさちゃんの顔をミックスして女の子にしたらこんな感じ、という子だ。 もちろん、他の人に似たところもあるけれど――。 ちょっと私に似ているところもあるかもしれない。 もしかして――。 ――君達は? そう訊こうとしたが、最初に大きな女の子が大声で言った。 「聡おじさん起きたよ!」 え、私を知ってるのか? やっぱりこの子は私の想像の通り――。 「こら、美雪。女の子が大声出すんじゃありません」 上品な声がした。 「――なぎさ……?」 「そうです。なぎさです。大丈夫ですか? 聡さん」 「ふんだ。なによぉ。あたし、知ってるんだからね! ママだって昔はおてんばだったってこと! パパから聞いたもん」 「もう……みゆきったら、口ばっかり達者になって……」 なぎさ……いや、今はなぎさ『義姉さん』か? 「美雪お姉ちゃん、また叱られたー」 「うるさいわね、さとこ」 ――さとこ? 「よぉ。なぎさ。みゆきにさとこ」 真雪! 「おっと、あまり動くなよ、聡」 「あ、ああ……」 「久しぶりだな。――聡」 「私には――全然久しぶりでないよ」 「そうか……そうだったな」 「ねぇ、何よぉ。何のお話してるのぉ」 「教えて、教えて」 「――この子達は?」 「ああ。俺達のガキ。大きい方が美しい雪と書いて美雪。もう一人がおまえの名前から取った――聡子」 「聡おじさん、もう起きないかと思った」 涙ながらに美雪が言った。 「私は信じてましたよ。聡さんは必ず助かるって」 「あんだけ大泣きしてたのにか?」 「もう、言わないでよ、真雪ったら」 仲の良さそうな夫婦だ。 私の知っている過去では、なぎさは別の人と結婚していたはずだ。 ――とすると、本当に私は過去を変えたのか? であれば――この怪我が癒えたら遥にこの時計を返さなくては。 この時代に遥がまだいれば、だけど。 それにしても――美雪と聡子は真雪と遥がいなかったら生まれなかった訳で――。 「パパね。よく、『聡おじさんはあたし達の恩人なんだぞ』って言ってたの。聡おじさんがいなければ、あたし達は生まれなかったんだって」 「私も耳にたこができるぐらい聞かされたわ」 なぎさが苦笑する。 「だって、その通りだからな」 真雪が微笑む。 私は昔のことを思い起こした。 「ま、なぎさは美人だから引く手数多だっただろうがな」 「あなたったら――」 真雪となぎさが仲がいいのはわかった。 「あー、ラブラブだぁ」 美雪と聡子が笑う。 私もつられて笑う。 体が痛むが、それより嬉しさの方が勝った。 淳一兄さんはこの場にはいなかったが、奥さんと四人の子供と幸せに暮らしているらしい。 兄さんも、今度こそ幸せになって欲しい。 そして時は流れ――。 退院した私はアンティークショップ《Long time》の前にいた。 全てはここから始まったのだ――私は感慨に浸った。 遥はまだいるだろうか――私は思い切ってドアを開けた。 「いらっしゃいませー」 遥が出迎えてくれた。 「これ、遥。食いもの屋じゃないんだからもう少し重厚な挨拶の仕方をだな――」 「品位に関わるって? すみませーん」 遥が風見さんの台詞に笑いながら舌を出した。 2012.8.3 Satoru ten years old 26 BACK/HOME |