Satoru ten years old
24
 私と真雪になぎさちゃん、遥も交えて相談して、「この日ならいいだろう」という日に私達は決めた。
 勿論、真雪が水難事故に遭った日は避けた。
 前述のメンバーに淳一兄さんも加えて海へ向かった。
 潮風が心地いい。
 海水浴場は大盛況だった――ちゃんと監視員もいる。
 これなら大丈夫、と私はやっと本当に安心することができた。
 海の家もある。
「なぁ、海の家行かないか? 海の家」
 遥ははしゃいでいる。
「ばあか。せっかく海に来たのに泳がなくてどうすんだよ」
「む……それもそうだな」
 真雪の言葉に遥は説得されてしまった。
「あたしは後ででいいな。綺麗な貝殻拾うんだ」
 なぎさちゃんは綺麗なものや美しいものが大好きだ。
 光り物が好きなのは女の習性かもしれない。
 なぎさちゃんにダイアモンドをプレゼントしたら、なぎさちゃんは私に靡くだろうか。
 もちろん、私にロリコンの趣味はない。
 相手にするなら、大人になった白鳥なぎさだ。
 結婚して別の苗字になったはずだが、私は覚えていない。
 私にとって幼馴染みのなぎさちゃんは白鳥なぎさのままである。
「僕も泳ごうかな」
 プールで泳げたのだから海でも泳いでみたかった。
「おお、それがいいよ。聡」
 真雪が嬉しそうに喋った。
「じゃあ、僕が聡のこと見てるね」
 やっぱり優しいな、淳一兄さん。
「うん、わかった。聡のことはアンタに任すよ。兄貴」
 私は浅瀬でしばらくバタ足の練習をしていた。
 淳一兄さんはそれに付き合ってくれている。
 それにしても――
「どうしたんだい? 聡」
「いや、別に」
 真雪の奴、もうあんな沖に行ってしまって。
 私は目がいいのが自慢だ。
 あまり小説書いてないからだろう、とからかう者もいたが。
 それにしても、真雪、大丈夫だろうか……。
 その時だった。
 私達は急に起こった大波を頭から被った。
「ぷはっ」
「聡!」
 ああ、淳一兄さん……。
 私は平気だよ。
 それより真雪は?
 小さな人影が見えなくなっている。
 カンカンカン。
 半鐘の音が聴こえる。
「津波が来たぞー!」
 人の声がサイレンのように響く――これだから海模様はわからない。
 早く真雪を助けなくては!
 この間だって、根性で5メートルも泳げたじゃないか。
 淳一兄さんは沖に向かった私を追って私の体を押さえつけようとした。
「聡! 暴れないで!」
 淳一兄さんは真雪が溺れたことを知らないのだ。
 何とかしたい。
 私が命を失ってもいい――真雪を助けたい。
(真雪ー!!)
 私は心の中で叫んだ。
 抜き手を切ってシュパーッと私達を追い越した人物がいた。
 あれは、遥――?
 あの水着は確かに遥だ。
 私はようやく落ち着いた――それと共に海が凪ぐ。
「さ、岸に行こうね」
 淳一兄さんに諭された。
 私は体が軽くなったように思った。
 海は塩分が多いから、プールより浮かび上がりやすいのだ、と聞いたことがある。
 だから、闇雲にもがいてはいけないと。
 すっかり忘れていた知識だった。
 遥が戻って来た――真雪を抱き上げて。
 半鐘はやんでいた。
「真雪くん! 遥さん!」
 なぎさちゃんが駆けつけた。
 ああ、遥、かっこいいよ……。
 やっぱりおまえはかっこいいよ……。
 真雪は意識を失っている。
 それで、監視員に人工呼吸を施された。
 マウストゥーマウスとか言うあれだ。
 遥に比べて、私は何と無力だったことだろう。
 一度は真雪を助けようと誓ったはずだったのに。
 私は心のどこかで遥をあてにしていたのだ。
 心得のあった人がマッサージを手伝ってくれた――真雪は目を開けた。
「真雪!」
「真雪くん! 大丈夫!」
 目を覚ました年子の兄に私となぎさちゃんが次々に声をかけた。
「真雪……」
 淳一兄さんの目元にも涙が浮かんでいた。
 良かった。
 真雪が死ななくて本当に良かった。
 遥に感謝だ。
「遥……アンタには世話になったよ」
 私が言うと遥はにかっと笑った。
「だって……俺達は友達だろ。助けるのが当たり前じゃないか。それに――おまえも真雪を助けようとしただろ?」
「わ……わかるのか?」
「わかるさ」
「おい、遥、聡」
 真雪が私達を呼んだ。
「俺のこと、心配してくれて、ありがとな。それにしても――人工呼吸がファーストキスかよ。情けねぇなぁ、俺」
「だって――仕方がなかっただろ?」
「ファーストキスなら俺、なぎさにするって決めてたのにな」
「真雪くん……」
 わかったわかった、私達はお邪魔虫だからあっちへ行こう。

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