Satoru ten years old
20
「ダイアナ!」
 私と真雪は同時に叫んだ。
「奇遇だねぇ、こんなところで」
 ダイアナはぺろぺろと茶色と白の混ざった足の毛を舐めた。
 それから、ふふん、と言わんばかりに笑ったのだ。
 犬が笑うことは知っていたが、猫も笑うことは今まで知らなかった。
「ダイアナ――俺のことバカとは何だ! いつも可愛がってやってるだろうが」
「まぁね。その点は重々承知してるけど」
「『じゅうじゅう』って何? 焼肉か?」
「ほら、やっぱりバカだ。食べ物のことしか頭にない」
「うるせぇ、おまえだっていつも餌をねだっているじゃないか」
「あの世界では僕は缶切りも開けられないものでね。でも、この辺にはすずめはたくさんいるし、ネズミだって」
「うちにもネズミがいるのか?」
「まぁ、鈴村家にはいないね。淳一さんがぴかぴかに掃除してるから」
 私はダイアナと真雪の言い合いを黙って聞いていた。
「ダイアナ――鈴村くん達とは知り合いか?」
 風見さんが訊いてきた。
「いつぞや話したでしょう? かっこいいお兄さんに、弟が二人、バカなのとお利口さんのがって」
 そうか、私はお利口さんと思われてたのか、ダイアナに。
 でもなぁ……ちょっと皮肉も感じられるな。
 ダイアナは決して性格のいい猫ではないらしい。
「はぁ、バカなのとお利口さんねぇ」
 風見さんは私達をじっと見比べた。
「わかるような気もするな」
 ――風見さん……。
 真雪は面白くなさそうにふくれている。
 私はともかく、真雪は可哀想だ。
 真雪、あんなにダイアナを可愛がっていたのに、バカ扱いされたのだから。
「大丈夫だよ。聡くん」
 クロがいつの間にか目の前に来ていた。
「ダイアナもちゃんと真雪くんのこと好きだから」
「クロッ! 余計なこと言うんじゃないッ!」
 ダイアナが叫んだ。
 図星だったらしい。
「そっかー。良かったな、真雪」
 遥が能天気に、にこにこしている。
「うっ、うるせっ」
 真雪はそれしか言えないようだった。
「じゃあ、仲直りね」
 クロが言った。
「お……おう」
「やだね。何でこんなバカと」
 ふん、とダイアナがせせら笑う。
「ダイアナ」
 クロが睨む。
「う……」
 ダイアナは絶句した。
「僕も仲直りした方がいいと思うよ。餌もらえなくなるよ」
 私は言った。
「そしたら、聡、アンタか淳一さんにもらうから。何の痛痒も感じないね」
 ダイアナ……。
 真雪は君の恩人なんだよ。
 真雪がいなかったら、今頃君はオスであってオスでなくなってしまうところだったんだから。
 それより何より、真雪は君のことを拾ってきたんだからね。
 クロがまた言った。
「ダイアナ。本当は誰より真雪が好きなんだよね」
「そうなのか? ダイアナ」
 真雪がダイアナに詰め寄った。
「う……うん」
「わーいわーい。ダイアナ。やっぱりおまえはいいヤツだよ」
「ふん……」
 良かった、良かった――。
 ダイアナが反抗したのも、真雪にどう接していいかわからなかったからだね。
 私は勝手にそう思った。
 でも、真雪はダイアナだけのものではない。
「そうそう。真雪はダイアナだけのものではない。だから、ダイアナは寂しかったんだよ」
 うわっ、クロッ!
 さっきもちらっと思ったけど、クロは私の心を読めるのだろうか。
 この世界での風見さんと同じように。
「そうだよ。聡くん。僕はすぐそばの人の心を読むことができるんだ。ここでの風見さんと同じだね」
「へぇー、そうだったのか」
「迷惑?」
「いやいや、とんでもない」
 クロや風見さんだったら読まれていい、と私は思った。
「でも、遥さんのは読めなかったよ」
「いやぁ、俺は、ちょっと他の人とは違うから」
 遥は笑いながら頭を掻いた。
「それから、風見さんのは読める時と読めない時があるよ」
「クロの親は俺の心をいつも読めたんだがな」
「でも、今は風見さんの心も読めるよ」
「テレパシーが発達しているからな」
「俺達もできる?」
 と、真雪。
「うーん。ちょっと修行が必要かな」
「風見さん、教えてくれる?」
「いいとも。また来てくれ。教えてあげるよ。それに、その能力は将来役に立つだろうしな」
 真雪……最初は『ついで』扱いされたのに、今や立派なお客様だ。
 こいつは不思議な奴だからな。
 未来に何が待っているかわかりゃしない。
 きっと……死んだとしても、いろいろなところを旅できるんだ。
 彼にとっては願ったり叶ったりじゃないか?
 真雪は、いつもどこかに行きたがっていた。
 彼は――永遠の少年だ。
「そうだな――君の兄さんはただ者ではない」
 風見さんが応えた。
「真雪くんの力については、この部屋ではっきりわかったことだがな」
「へぇ……わかるんですか?」
「感応力でな。使い道は何も心を読むだけではない。ついでに言うと聡くん、君も鈴村家の人間だ。奇跡を起こす能力は秘めているよ」
「奇跡って?」
「今、ここにいることが奇跡じゃないかね――未来から意識が飛ばされて来たのも」

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