Satoru ten years old 「君は砂糖は何杯?」 と、スプーンが訊いて来た。 「あ、私……じゃなかった、僕はいいや」 「はあい」 「お代わりいります?」 「そうだね、少し休んでてくれ」 風見さんがポットに微笑みかけた。 私は少し紅茶を口にする。 「――美味しい」 「良かった」 「そう言われることが僕達の何よりの喜びだよ」 スプーンとポットが口々に言う。 「あったかいね」 ここは、あったかい――何か仄々してしまう。 ここでは何も考えなくていい。 自分の売れない原稿のことも、孤独なことも――真雪や淳一兄さんが死んだことも。 だって、二人はこの世界で生きているではないか。 私もこの世界に留まっていたい。 「駄目だよ、それは」 風見さんが言った。 「この世界ではな――俺の感応力は少しは発達するよ。いつもよりな。だから、君が今何を考えているかわかる」 「…………」 私は黙って風見さんを見た。 「いつかは君も帰らねばならない。だが、ここに来たのは、君だけにしかできない使命があるからだ」 「僕だけの……使命?」 「そう。おまえは自分を救う為にここに来たんだよ」 「自分を救う為? 人を救う為でなく?」 「そう。自分を救うことは、結果的に人を救うことになるんだよ」 「俺は難しいことはよくわかんないけど――」 真雪が口を挟んだ。 「聡は聡自身を救うために俺達のところへ来たの?」 「そうだよ、真雪くん」 「おまえ、そんなに悩んでたのかよ、聡! それなのに俺に何にも話さないなんて!」 「ご……ごめん」 私は思わず謝ってしまった。 相手に強く出られると弱いのだ。 結論、私は気が弱い。 「本来ならこういうのは竜月の得意分野なんだが――あいつは行方知れずでね……でも、そうか……死ぬことができたのか。良かったなぁ」 風見さんがはらはらと涙する。 何だか話がおかしい。 「どうしてじっちゃんが死んだのが良かったんだよ」 遥が気色ばむ。 「俺達はな――俺の種族は、滅多に死ぬことができないんだ。死ねるのは、全て自分の仕事を終えるまで」 「へぇ……」 「アンタもそうだぞ。大澤遥。何せ、竜月の血をついでいるのだからな。尤も、おまえの体の中には人間の血も流れているようだが」 「おまえ、人間じゃねぇの?」 真雪が遥の方に向き直る――相変わらず失礼な奴だ。 「そうだな――確かに俺は人間じゃねぇみてぇだ。と言って、化けモンでもないつもりだけどよ」 遥は笑った。 「そっかー。化けモンじゃないなら、ま、いっかー」 それでいいのか真雪! 私は思わず心の中でつっこんだ。 「しかしねぇ……辛かったな。今まで」 隣の風見さんがぽんぽんと私の頭を撫でてくれた。 「ん……」 私は涙が出てきそうになった。 兄さん、真雪――。 私は、君達の前で無力だ。 こんなにも、無力だ。 それでも――君達を助けられるなら、私はどんなことでもしよう。 「少年」 風見さんは言った。 「僕は少年じゃない」 「けれど、おまえは俺や遥や竜月に比べたら遥かに若い」 「私は……もう三十六だ」 「まだ、三十六だよ。それに、やり直しはきく。その時計のおかげでな」 「え……?」 「なぁ、風見さん。俺にもできることはないか?」 真雪が話に割り込む。 「できるよ。というか、君こそ、俺がずっと探していた子供だ」 「俺が……?」 「そう。君は『選ばれた子』だからな。だから、聡もここへやってきたのだろう」 「選ばれた子……」 真雪の目がきらきらしてきた。 元来、子供はこういう話に弱い。 風見さんを疑うわけではないけれど、いい加減超常現象に慣れっこにはなってきていたけれど――私は少し心配になった。 真雪、調子に乗らないといいな。 この世で悪ノリした真雪ほど、始末に負えないものはない――と昔は思っていた。 今は、たとえ始末に負えなくても、幽霊になっててもいいから出てきてくれ、と願う程になってしまったが。 「ああ、おまえは将来、この世界を旅することになるだろう。いや、この世界だけでなく、他の次元もな」 片目をつぶって風見さんが話した。 「たっのしそー! いいのか?! 俺で、いいのか?!」 「おまえでなくては多分駄目だろう。それに、いいことばかりではないぞ」 「わかった!」 真雪は自分の想像にうっとりしてしまったようだった。 こいつの考えているのは多分スターウォーズとか、MIBとか――。 この時代にはそんな映画はないか――スターウォーズはどうだか知らんが。 「おい、聡。おまえも仲間にしてやるよ」 「悪いが興味はない」 「何でぇ、冷てぇの」 「何とでも言え」 「まぁまぁ、二人とも――ここは大人しく風見さんの話を聞こうじゃないか。ねぇ、風見さん――」 遥が私達を窘めてから風見さんの方に向き直る。 「あのな――」 風見さんが口を開きかけた時だった。 「やぁ、バカの真雪にお利口さんの聡くんじゃないか」 声が聴こえた。 私は耳を疑った――これは、ダイアナの声だ! 果たして、目の前にひらりととんぼを切って現われたのはダイアナだった。 Satoru ten years old 20 BACK/HOME |