Satoru ten years old
18
 そして――
 私達は《Long time》で夢のようなひとときを過ごした。
 店内には、いろんなしゃれた時計も並んでいた。
 ひとつ、欲しいかな。
 ――そう思った。
 この頃から、風見さんは古時計が好きだったんだな。
 もちろん、私のこの時計には敵わないけれど。
 私はポケットの中にある金メッキの時計をぎゅっと握った。
 これはもう、肌身離さず持っていた。
 遥のだから、返さなければいけないのだが、
「本当に俺のモンかどうかわからないから、おまえが持っていていいよ」
 と遥は言ってくれた。
 その言葉に甘えて、持っているというわけだ。
「おや?」
 風見さんが見咎めたようだった。
「どうしたい? 君」
「聡です」
「聡くん……今日はそれほど寒いかい?」
 夏のさなかだというのに、それはないだろう。
「いえ、実は……」
 私はポケットから手と共に時計を出した。
「おお、これは……」
「風見さん、知ってるんですか?」
「知っているも何も、これは古い友達にあげたものだよ。話を聞いてもしやと思ったんだが……」
 風見さんは遠い目になった。
「それは、誰ですか?」
 私は訊いた。
 何らかのヒントを得ることができるかもしれない。
「名前は確か――大澤竜月」
「うちのじっちゃんの名だ」
 遥が答えた。
「そうか――竜月はどうしてる」
「死にました」
 遥は淡々と言った。
「でも、俺、今でもじっちゃんが好きだから――」
「そうか……やはりこの時計は曰くがあったのだな。竜月も幸せ者だ。こんないい孫ができて。竜月はいくつで亡くなった?」
「ええと……いくつだったかな?」
「良い良い。そう言えば遥くん、アンタには竜月の面影があるな」
「よく言われます。俺はじっちゃん似だと」
「気持ちのいい青年だったよ。彼は。この時代ではまだ死んでいないだろう? 今はどこにいる?」
「さあ……」
「すまん。返答に困る質問ばかりして。――お茶の時間だ。聡くん、えーと……」
「鈴村真雪です」
「真雪くん。ちょっとこの鏡の中に入ろう」
「えーっ?! 鏡の中に入れんのかよ」
 真雪はますます驚きを深くしたようだった。
「ほんとかよ!」
「ああ……ほら!」
 風見さんが鏡の中に手を入れた。
「うぉっ! 俺も入れてみる」
 真雪も風見さんの真似をした。
「うぉっ、すっげぇすっげぇ」
 真雪は手を入れたり出したりする。
「聡のことといい、俺、夢の中に迷い込んだような気がするよ」
「実は僕もそうなんだ」
 真雪の言葉に、私も同意した。
 私達は鏡の世界に案内された。
「ハロー」
「うわっ!」
 黒猫が――喋った?!
「ははは。驚いたかね」
 風見さんは笑った。
「ええ。――遥から、話は聞いていましたが」
「クロと言います。宜しく」
「こちらこそ――宜しく」
 私は何となく奇異に感じながら、それでも黒猫に挨拶した。
「すっげーーーーっ!!」
 真雪が叫んだ。
「俺、真雪。よろしくなっ」
 真雪はクロの手を取り、ぶんぶんと嬉しそうに振るう。
「よ……よろしく……」
 クロは少し気押されたみたいだった。
 無理もない。
 真雪のテンションには、前から時々ついていけないことがある――彼が興奮すると特にだ。
「さぁさ、お茶の時間♪ お茶の時間♪」
 ポットとティ―カップがぽよんぽよんと跳ねながら登場してきた。
「砂糖はいるかね」
「いえ、僕は……」
「あっ、俺、いるっ!」
 真雪が勢いよく手を上げた。
 砂糖入れとスプーンがやってきた。
「何杯?」
 スプーンが口をきいた。
「四杯」
「入れ過ぎじゃない?」
「うっせ」
 ――真雪は甘党だった。
 それでよく、淳一兄さんに、
「少し加減しようね」
 などと遠回しに注意されているのだ。
 今は、淳一兄さんの目を盗みながら、お菓子などを盗んで食べている――全くよくやるよ。
 兄さんにばれたら、お仕置きが待っているというのに。
 でも、そんなスリルも真雪の楽しみのひとつなんだろうな。
 私にはわからないけれど。
 私はいつもいい子で通っていた。
 けれど、私は自分自身で知っていた――私が単なるいい子ではないことを。
「俺には二杯」
 遥が指を二本突き出した。
「オ―ケイ」
 スプーンが砂糖入れから紅茶に砂糖を入れた――近い順から、遥、真雪、風見さん。
 うーん、やはり摩訶不思議な光景だ、と、私は見惚れていた。

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