Satoru ten years old
17
「真雪ーっ!」
 私は手を振り返した。
 真雪の顔が途端にぱあっと明るくなった。
「聡! 遥!」
 真雪はふうっと深呼吸をした。
「おい、通信簿もらったか?」
 通信簿――ああ、そんなのもあったな。
 今では全てが懐かしい。
「聡は5ばっかりだったんだろう」
「あははは」
 真雪にひやかされても、否定はしない。
 だって、本当にその通りなのだから。
 私はかなづちなので、プールの授業のある体育だけは『3』だったものの、他は全部5である。
 冬シーズンはオール5なんてのも珍しくない。
 私はほんのちょっと得意になった。
「俺なんか1と2ばっかでよー。あ、でも体育は5だぜ」
 真雪は笑いながら得意げに言った。
 彼のそういうところも好きなんだ、私は。
 変な意味ではなくてだよ。
 彼の朗らかな性格が好きだと言いたいわけで――。
「俺も同じようなもんだったよ」
 遥が口を挟んだ。
「おまえ、大学生か?」
 真雪の質問に、
「うんにゃ、今年卒業した」
 遥が答えた。
「じゃ、俺でも大学は出れるってことだな」
「どういう意味だよ、それ」
「遥が卒業できるんなら、俺だってできるだろ?」
「あのな、真雪。大学に入るにはものすごく勉強しなきゃ駄目なんだぞ」
 遥が真顔で言った。
「じゃ、遥、おまえ勉強したのか?」
「ううん。してない。だって俺入ったの三流大学だもん」
 遥がさっきとはうって変わって朗らかに笑った。
「こういう大人にはなるなよ」
 真雪が私の耳元で囁いた。
 無論なろうとは思わない。
 というか、こんなネアカな大人にはなれそうもない。
「じゃ、行くべ」
「どこに?」
 真雪は首を傾げて訊いた。
 私には、思い当たるところがあった。
「《Long time》だね!」
「当たり〜」
 遥がぱちぱちと拍手した。
 私は一人で行くつもりだったが、遥がいれば心強い。
 何しろこちらは何も様子がわからないのだから。
「あ〜っ! 俺も行く〜っ」
 真雪が騒ぎ出した。
「うるさいやっちゃ。連れてってやるから駄々こねんな」
「へーい」
 その様子を見て、私は笑いたい衝動に駆られた。
 真雪も遥とすっかり仲良くなって。
 遥が人たらしなのかもな。
 明るくて、自然体で、そして――適度に謎めいていて。
 真雪が「ゴー! ゴー!」とはしゃぎながら先頭を行く。
 遥と私はその後ろをついていく。
「へぇ〜、それじゃ、アンタの世界では俺はあの店でバイトしてたのか」
「そうなんだよ。で、あの時計を見せてもらったってわけ」
「ふうん。でも、何人いることになるんだろうね、俺は」
「さあね」
 重要な話をさほど重要でもないようにさりげなく喋っていると――
「あ、ここだここだ」
 と、真雪がぴょんぴょんはねた。
《Long time》――まだ建物は新しい。
 茶を基調としたところは変わってないが。
 そして、しゃれたアンティークドールやオルゴールが並んでいる。
 私が時々来ていたあの世界のあの店と同じだ。
「おーい、風見のおじさーん」
 遥が呼ばわった。
 中からは、まだ若い風見さんが出てきた。
 ――おじさんというには気の毒な気がする。
「誰がおじさんだ! 俺はまだ若いんだぞ」
 やはり、風見さんは気色ばんだ。
「やぁ、悪い悪い。実はお客さんを連れてきたんだ」
「客?」
 風見さんはじろじろと僕達を眺め回した。
「残念ながらな、ここは子供出入り禁止なんだ。夢を忘れた大人の為の店なんだよ」
「あ、それなら大丈夫。ここにいる聡は、三十代の大人だから。子供に見えるけど」
「鈴村聡です。宜しくお願いします」
「ふむ……」
 風見さんは髭の生えた顎を撫でた。
「俺には十かそこいらのガキにしか見えんな」
「今は十歳の頃の姿に戻ってますから」
 私は説明した。
 遥の不思議な時計のこと、意識だけタイムスリップしたこと、それには遥が関わり合っていること――
 もちろん、真雪と淳一の、この時代から見れば将来に起こる運命については語らなかったけれど。
 それは、私の勘だ。
 このことだけは隠しおおせねばならない。
 淳一兄さんの為にも、真雪の為にも。
 風見さんは、時々相槌を打ちながら聞いてくれた。
「そうかそうか。アンタも入る資格はありそうだな」
「俺も入る」
 真雪が思い切り手を上げた。
「わかった。ついでだから入んな」
「ついでって何だよ、ついでって」
 真雪は面白くなさそうにしていたが、店に入った瞬間嬉しそうに目を瞬かせた――私はちょっと真雪の反応が心配だったので、彼の様子を見張っていたのである。
「わー、すげぇ!」
 真雪は驚きの声を上げて目を丸くしていた。
 私は安堵の溜息をもらした――真雪は一目でこの店に惹かれたようだった。

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