Satoru ten years old
16
 終業式ではなぎさちゃんの隣に座った。
 みんな、体育座りをしながら先生の話を神妙に聞いている。
 もうすぐ夏休みだ、と我慢しているのかもしれない。
「ねぇねぇ」
 なぎさちゃんが私の袖を引っ張った。
「休みになったら海行かない?」
 海?!
「駄目! 絶対駄目!」
 私はつい大声を出した。
「鈴村!」
 担任の先生の小声の叱責が飛んだ。
 みんなくすくす笑っていた。
「そんなに怒ることないじゃない」
 なぎさちゃんも気を悪くしたようだった。
「せっかく、真雪くんも誘って行こうとしたのに……」
「駄目だよ……溺れたらどうするの?」
「真雪くん、泳ぎは得意だったでしょ?」
 そうなのだ。
 真雪は泳ぎが得意だ。
 一キロでも二キロでも泳いでいる。
 私はかなづちだから、海に行った際には、浮き輪で海に浮かんでいたり、砂で城(という代物でもなかったが)を作っていた。
 真雪は、海の渦に巻き込まれて死んだのだ。
 遺体も見つからなかった。
 こういうのを、『かっぱの川流れ』というんだ、と後で伯父さんが教えてくれた。
 けれど、私は――
 もしかしたら真雪は生きていたのではないかと夢想することがあるのだ。
 もちろん、それは夢だ、夢だと思っていた。
 けれど――
 私のこのタイムスリップは夢じゃない。
 それに、淳一兄さんが海外に行ったのだって、真雪を探してのことだ。
 真雪によく似た青年がいた。
 その話を聞いて、淳一兄さんは、それこそ矢も楯もたまらず飛び出して行ったのだろう。
 淳一兄さんまで行方不明になるとは思いもよらなかったが。
 私はアル中の一歩手前まで行った。
 真雪……淳一兄さん……。
「なぎさちゃん、悪いけど、僕達は海には行けないんだ」
「そう……残念」
 なぎさちゃんは項垂れた。
 なぎさちゃんも真雪が好きだった。
 真雪には人を惹きつけずにおかないところがある。
 私だって、なぎさちゃんが好きだったのに――。
 なぎさちゃんは相変わらず可愛かった。
 私も真雪に嫉妬したことがあった。
 けれど、真雪の死を伝え聞いた時、思ったのは、
(真雪は僕が殺したんだ!)
 という思いだった。
 真雪さえいなければいいのに――そんな思いが真雪を殺したのだ。
 私は傲慢かもしれない。
 真雪が死ぬことは、神様によってあらかじめ決められていたことだったのかも知れなかった。
 じゃあ、何で私はタイムスリップした?
 真雪を助ける為――それとも、あの時計に触ったからだろうか……。
 遥――そして、《Long time》という店。
 まだまだ謎はいっぱいある。
 神様は、どうして私をこの世界に送り込んだのだろうか。
 それとも、これはやはり夢なのか?
 まぁ、そのうちわかるであろう。
 先生の注意が終わった。
 今頃、真雪も羽を伸ばそうと待ち構えているところであろう。
 でも、海だけは駄目だ。
 私は、全身全霊をかけて止める。
 夏に海に行かないでどこ行くんだよー、と真雪は言うかもしれない。
 けれど、行かせるわけにはいかないんだ。
 海に行ったら、真雪は溺れて死んでしまうのだから。
 私には真雪を守る義務がある。
 何故なら、私の想いが彼を殺してしまったのだから――。
 私は校庭で真雪を待った。
「よっ」
 真雪ではない声がした。
 ――遥だった。
「何だい? 今更」
「あっ、冷てぇの」
 別段冷たく言ったつもりはないのだが、遥にはそう聞こえたのだろう――無理もない。
「真雪待ってるの?」
「うん」
 私は頷いた。
「それにしても、よくここがわかったな」
 ま、この辺で小学校といえば、この学校くらいのものだが。
「親切な人が連れてきてくれたからね」
「あんまりよそ様に迷惑かけるなよ――」
 私は溜息をついた。
「ところで、《Long time》での収穫は?」
 私が水を向けると、遥は話し始めた。
「ああ、それそれ。すごいの何のって! いろんな珍しい物があったんだ。年代物のオルゴールだろ? 不思議の国に行ける鏡だろ?」
「不思議の国へ行ける鏡?」
「そう、少し冒険しちまった、三十分ぐらいで帰ってきたけど、たった三十分とは思えないほど充実した時間を過ごしてきたよ。また行きたいな」
「その店のオーナーって、もしかして風見さん?」
「そうそう。確かそんな名前だった」
 不思議の国に行ける鏡を持ってるなんて、いったい風見さんて何者なんだ?
 それに、私には一度もそんな話したことないぞ――常連だったのに。
「不思議の国って、どんなところなんだ?」
「ディズ●ーみたいなところだよ。ディ●ニーランドなんてもんじゃなくて、本当の。もちろん、動物はみんな喋る。パプワ島みたいにな」
「パプワ島……?」
 私は首を傾げた。聞いたこともない。
「俺、そこでちびになったんだぜ。小さくなるなんて、新鮮だったなぁ……まるでアリスになったみたいだよ」
 遥がアリスか……。
 アリス服を着た遥を想像して、私は思わず頭痛でくらくらしてきた。
「大丈夫か? 調子が悪そうだぞ」
 おまえのせいだ――とはさすがに言えない。
 真雪が向こうから走ってやってきた。
 私達の名を呼んで大きく手を振りながら。

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