Satoru ten years old
15
「なぁなぁ、あの店何だ?」
「綺麗な花だな、何という名前なんだ?」
「あそこの食堂、旨いかなぁ」
 ――煩い。
 学校へ行く途中、遥はずっと質問ばかりしていた。
 真雪は気にしている様子はなかったが。
「あ、あの店は?」
 私は遥の指さす方に目を遣った。
 そこで――目を瞠った。
《Long time》だ!
 佇まいも同じ、店の雰囲気も同じ。
 ここが全ての始まりだった。
 遥と会ったのも、ここで――。
 そして私はタイムスリップをした――。
 けれど、どうしてここにこの店があるのだろう。
 だって、この店のあったところは、駄菓子屋さんだったはずだ。
 昔、よく淳一兄さんに連れてこられたので、覚えているのだ。
 何かが違う。
 ここは――私の過去のようでいて、何かが違う。
 遥の存在だってそうだ。
 普通なら、会うことのなかった青年。
 二十二というのも本当だろうか……。
 きっと、どこかにいる神とやらが出会わせてくれた。
 私とこの大澤遥を。
(風見のじいさんに信用されちゃって)
 遥は多分、そんなことを言っていたように思う。
 その時の嬉しそうな顔も覚えている。
 遥……おまえはどこから来たんだ?
「俺、この店入りたいなぁ」
 今、この瞬間の遥が言った。
「いいよ。行っても」
「ほんと?!」
 ――ちょうど煩いと思っていたとこだったし。
 私は帰りに寄ろう。
 ああ、この店は、風見さんがやっているのだろうか。
 謎はたくさんあるが――今は学校に行こう。
 だって、あの子に会いたいし。
 早く……会いたいし。
 あの子――白鳥なぎさに。
「おい、何ぼーっとしてんだ。行くぞ」
 真雪の言葉に、
「今行く」
 と言っておいた。
「おまえ、アンティークショップなんかに興味あんのか?」
「え……うん」
 それは嘘じゃない。
 もともと好きだったから、あの店によく来ていたのだし。
 遥は店に入って行った。
 後で感想訊こうかな――世間話として。
 全ての始まりの店。
 私は何となく懐かしくなった。
「あのね、真雪……」
「何だ?」
「――何でもない」
 私は、あの店のことを真雪に話そうと思ったが、止めた。
 説明が難しい。
 真雪は追及しなかった。
 それより、訊きたいことがあった。
「ねぇ……ここって確か、駄菓子屋さんだったよね」
「え? そうだっけか?」
 真雪が小首を傾げる。
「だって――そうじゃないの?」
「この店はずっと前からあったような気がすんだけど」
 やはり、真雪もそう思うか。
 遥――そして、《Long time》――謎が増えた。
 あの店や遥は、時空を超えて存在しているのだろうか。
 私は、平行世界のことを考えていた。
 同じようでいて、何かが少し違う世界のことを。
 平行世界は、元の世界から遠ざかれば遠ざかるほど、今いる世界とのずれが大きくなる――私はそう考えていた。
 では、元の世界から遠ざかるとはどういうことなのか……今の私には上手く説明できないのだが。
 それができたら、もうとっくに作品に書いている。
 私は、少しいらっとしてきた。
「聡、怖い顔」
「え? ああ、ごめん」
「謝るなよぉ。何かあった?」
「別に、何も」
「楽しいこと考えろよ。いいこととかさ。俺、終業式はかったるいけど、それでやり過ごそうと思ってる」
「ふぅん……」
 ポジティブシンキングなんだな。
 昔から、真雪はそうだった。
 私も真雪を見習わねば。
 真雪は、なんだかんだ言っても私の兄だ。
 私は、それを自慢に思う。
 それにしても、楽しいこと……いいこと……。
 白鳥なぎさに会うのは楽しみだ。
 同窓会で彼女に会ったことがある。
 もう二児の母で、美人に育っていた。
 子供の頃、私に何くれとなく優しくしてくれた。
 私も今は子供だが。
 昔は親しくしてたっけ――なぎさ。
 なぎさちゃん。
 目の大きななぎさちゃんは、素敵な奥様になっていた。
 まぁいいさ――会うだけでも。
 恋してたって……それは昔の話だ。
 美しい夢物語だ。
 ちょっと会ったことのない夫という存在に嫉妬したりしたが。
 なぎさの子供も可愛いだろうな。
「おっ、今度は何かにやついてるぞ。さては、好きなヤツのことでも考えてたな」
「そっ、そんなことない!」
 何て無駄に鋭いんだ――真雪は。

Satoru ten years old 16
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