Satoru ten years old
13
 私はどこかのパーティーにまぎれこんでいた。
 何だ、あれは夢だったのか。
 真雪も、淳一兄さんも、ダイアナも――遥も。
 みんなみんな夢だったんだ。
 あれ、高橋くんがこっちに来る。
「鈴村先生!」
 立食形式のパーティーなものだから、タキシードを着て、ご馳走を山盛りにして。
 片手にシャンパングラスを携えている。
「探しましたよぉ」
「ああ……すまない」
「ちょっと待ってて――おーい、鈴村先生つかまったよー」
 そこに姿を現したのは――
「よぉ、聡」
 ――大人になった真雪の姿だった。

「……はっ!」
 また夢を見ていたのか。
 しかし、私に都合の良い夢だなぁ――まぁいいか。
 今は、こっちが現実。
 Satoru ten years old.(聡10歳)
 私は、何故かこの世界にいる。
 本当は三十過ぎてるのだが、誰も信用してくれないだろう。
 こんな子供の姿じゃあ……。
 でも、悪いことばかりではない。
 死に別れた兄に会えたし、外国で行方不明になった淳一兄さんにも出会えた。
 そして、ダイアナにも――
「にゃーん」
 ダイアナが私の部屋に入って来た。
「ダイアナ」
 私が手を出すと、ゴロゴロと喉を鳴らす。
 可愛いなぁ……帰ったら家でも猫飼うか。
 ダイアナに死なれて以来、何となくペットから遠ざかっていたけれど。
 ベッドのお供にはそれなりの女性がいたし……ああ、いやいや。
 つまり、私は猫好きらしい。
 ダイアナにネコ缶をやるべく、私はベッドから起き上がった。
 ダイアナもついてくる。
 にゃーん、にゃーんと鳴きながら。
 この鳴き声、元気な時は気にならないが、眠い時には、本当に五月蠅い。
 でも、その五月蠅ささえ愛しいのだから、ネコキチという奴は始末に負えない。
「おっはよう、聡」
 口笛を吹きながらやってきた真雪は、挨拶をする為に、一旦立ち止まった。
「やぁ」
 そう言いながら、私はさっきの夢のことを考えていた。
 何で、私はあれが真雪とわかったのだろう。
 でも、あれは真雪以外有り得ない。
 それだけ、鈴村真雪というオーラを醸し出していたのだ。
「先行ってるな」
 そして――真雪は手すりを伝い降りた。
 あーあ。また淳一兄さんに叱られるぞ。
「真雪!」
 怖い顔で真雪は淳一兄さんに怒られた。
 ほらね。
 しかし、もう大人の遥が――遥も廊下に出てきていた――が、階段の手すりを見てうずうずしているのはどうかと思う。
「滑りたい?」
 私はわざときいてやった。
「え? やだなぁ。そんなわけないだろうが」
 慌てるところが怪しい。
「遥さんも、弟達がおいたしたら遠慮なく言ってくださいね」
「は……はぁ」
「無駄だよ。兄貴。遥は俺の子分なんだから」
「誰が子分だ、おまえなんかの」
「はぁ? 俺の子分になるから居候してんじゃねぇの?」
「全然ちがーう!」
「んじゃ働きな。働かざる者食うべからずって言うだろうが」
「おまえはどうなんだよ」
「俺? 俺は子供だし、ここは俺の家だから」
「だからと言って、手伝いをしないでいい理由にはならないだろう?」
 淳一兄さんが口を挟んだ。
「ほら。聡を見習いなさい。ダイアナにご飯をやるんだよ、これから」
「ダイアナの飯くらい、俺、用意できるよ」
「じゃ、お願い」
 語るに落ちた真雪につけ込まない手はない。
「ちっ。しゃーねぇな。行くぞ。ダイアナ」
「にゃーん」
 ダイアナは人語がわかるのだ。
 与太話じゃない、ほんとなんだぞ。
 まぁ、うちの猫は人の言葉を解するなんてそう信じている人はいっぱいいるし、これも私のダイアナに対する贔屓目だ。
 高橋くんも猫飼ってたっけ。
 彼こそは、私以上のネコキチだった。
「鈴村先生、うちのハリーはねぇ、とても頭がいいんですよぉ。人語がわかるだけでなく、ちゃんと喋れるんですよー。天才猫なんですよぉ。でも、これがばれたら一大事だから普段は普通の猫のふりをさぁせてるんでっすよー」
 高橋くんは、酔うと猫の自慢を始める。
 放っておくとどこまでいくかわからない。
 それにしても、にやにやしながら放っておいている私も私だ。
 真雪がダイアナの餌箱にネコ缶を開けると、ダイアナは食べ始めた。
 どうだい、この姿の上品なこと。
「聡、おまえも飯にしようぜ。もう風邪、治ったろ?」
「うん」
 そして、真雪は青メッシュの男を見遣る。
「――あー、ついでに遥も飯食わね?」
「俺はついでか」
 そう言いながらも、機嫌を損ねた様子はない。
「今日の朝ご飯は、淳一さんと俺で作ったんだぜ」
「ふーん」
「おまえな、もちっとありがたそうな顔しろよ」
「やだね。おまえ居候だろ。居候は働くもんだぜ。働かざる者食うべからず!」
 真雪はもう一回格言を繰り返した。
 遥と真雪はすっかり打ち解けたみたいだった。
 悪態をつく仲でも、それはそれで仲のいい証拠だ。
「あの二人が羨ましいのかい?」
 淳一兄さんが尋ねて来たので、私はこっくり頷いた。

Satoru ten years old 14
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