Satoru ten years old
12
 私は遥お手製のラーメンを食べた後、横になってまどろんでいた。
 高橋くん――。
 もしかして、君だけじゃないのかな。
 私のことを本気で心配してくれたのは――。
 ありがとう。
 けれど、ここから帰る方法がわからない。
 いや、正直に言ってしまおう。
 私はここから帰りたくない。
 ごめん、高橋くん。
 君と過ごした時間は、本当に楽しかったんだ。
 それだけは、本当だ――。
「あー。聡、もう寝てる」
「風邪だったんだろ。寝かせておいてやろうや」
 真雪と遥の声が聴こえる。
 彼らにも、感謝だ。
 私は、自分が幸せかどうかなんて考えたことは滅多にない。
 けど、それでも――。
 私は幸せだったんだ。
 二人が私の部屋から出て行くのが気配でわかる。
 もう夜になっていた。
「おやすみ、聡」
 真雪がそう言って、パタンとドアを閉めた。
 それと入れ違いに、淳一兄さんが部屋に入って来た。
「聡……」
 私は眠ったふりをしていた。
 何となく、淳一兄さんと話する気分ではなかったのだ。
「熱は下がったかな」
 淳一兄さんは私の前髪をずらし、額に手を当てる。
「下がったみたいだね。良かった」
 淳一兄さんは、相変わらず優しい声だ。
「じゃ、僕はもう行くね。聡、元気になってよかったよ」
 淳一兄さんも、部屋から出て行く。
 私は一人になった。
 どうしてこの世界に来たのか――考える時間はたっぷりあった。
 私は都会的で、何でも上手くやれていると思った。
 淳一兄さんや真雪のことも――要するにそれは、過ぎ去ったことであって……。
 今までは、そう思っていた。
 だが――。
 ここに来て初めてわかった。
 私は、二人のことを思い出すのが辛かったんだということを。
 そして――二人の兄弟のことを心の中に仕舞い込んだということを。
 高橋くんにも話していなかった。
 みんな、私を置いて過ぎ去ってしまう。
 そんな思いがあったから、私は高橋くんに対しても、心を開かなかった。
 高橋くんが泣いていた。
 あれは、ただの夢かもしれない。
 けれど、私といた時、高橋くんは心の底から楽しそうだった。
(鈴村先生……)
 彼だけは、本気で心配してくれたかもしれない。
 そんな希望が、私にあの夢を見せたのだろうか。
 それにしては、現実感のあるような気がした。
(遥……)
 彼は何者であるのだろう。
 こんなところに連れてきて――尤も、彼に自覚はなかったようであるが。
 ああ……考えることが多過ぎる。
 真雪のことだってそうだ。
 あの口は悪いが優しい兄のことを――私は忘れていた。
 それから淳一兄さん……。
 行方不明になった淳一兄さん。
 私は彼のことを、どうして忘れ去ることができたのか。
 考えても仕様のないこと――そんな風に、私は思っていたのだろうか。
 もし、本当に淳一兄さんが心配なら――私は外国へ探しに行っても良かったんだ。
 淳一兄さんは、エジプトの辺りで消息を絶ったという。
 だったら、私があそこへ行ってもよかったんだ。
 金ならあったんだから……。
(真雪……淳一兄さん……)
 私は泣きたくなった。
 自分の非情さに。
 私がどれだけ、冷たいかに。
 淳一兄さんの家族に冷淡なあしらいを受けた理由がわかった。
 それから高橋くん。
 ちょっと間抜けで、眼鏡の似合う高橋くん。
 君は……私に優しくしてくれた。
(なんかねぇ……鈴村先生って、放っておけないんですよ)
 高橋くんは言いながら、照れたように笑った。
 私はいっぱしに、一人で生きているような気がしたが、その実、いろんな人に支えられて生きてきたのだ。
 遥に感謝だ。
 こんなことがなければ、私は実力はないのに傲慢な作家で通っていただろうし、それに……。
 大切な家族に会うことができなかった。
 真雪を、淳一兄さんを高橋くんに会わせてあげたい。
 だったら――まず、真雪を助けなければ!
 私はがばっと飛び起きた。
 ベッドの上、さっきと何ら変わりのない部屋。
 私が子供の頃、過ごしてきた部屋。
 まず、遥に相談したい。
 真雪を助けるにはどうしたらいいか。
 真雪は十一……多分、そのぐらいだ。
 私は……いくつなんだろうか。
 十歳ぐらいなのは間違いないんだろうけど。
 私は、静かに部屋の戸を開けた。
 目指すは淳一兄さんの部屋――ノックする。
 淳一兄さんは私を見た時、驚いた顔をした。
「聡……もう寝る時間じゃないか」
「うん……あのね、お兄ちゃん。僕、今年でいくつだっけ?」
 淳一兄さんは一瞬目を見開いたが、
「十に決まっているだろう」
 と言った。
 あっ、そうだ――部屋にはカレンダーがある。
 それを見れば、大体の年齢の見当はついたはずなのだが。
 しかし、おおかた私の予想通りだったので、淳一兄さんにお休みを言ってから、私は自分の部屋に戻って行った。

Satoru ten years old 13
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