Satoru ten years old
11
 高橋くん――
 あれは、高橋くんだ。
 何で泣いているんだろう――
 何で泣いているんだい。
 答えてくれよ、高橋くん――
 私がいる。
 頭をぐるぐる包帯で巻かれた私がベッドに横たわっている。
 医者が何か言っている
 ……で、あるから、昏睡状態から脱するのは難しいかと……。
 違う!
 私はここだ!
 誰か気付いてくれ!
 誰か、誰か誰か誰か――
 高橋くん――!
「起きろ、聡!」
 待ってくれ!
 私は、私は――
 元の世界に戻らなれば――!
「聡ー!」
 何だろう、この声。
 馴染みがないくせに、いやに懐かしい……。
「聡、目を覚ませ」
 待ってくれ、待ってくれ、私は――。
 高橋くんに一声かけたい。
「高橋くん!」
 高橋くんは弾かれたように天井を見た。
 そして私は――そのまま意識を失った。

「聡!」
「聡!」
 一人の大人と一人の子ども。
 目が覚めたら、彼らがいた。
 子供の方は懐かしい、鈴村真雪だ。
 大人の方は――確か大澤遥。
 心配そうにこちらを眺めている。
「あ……」
 私は――夢を見ていたのか。
 こちらが本当なのか?
 本当の――私の世界なのか?
 こっちには真雪も淳一兄さんもいる。
 けれど――高橋くんはいない。
 私の為に、たった一人、泣いてくれた高橋くん……私の、親友だ。
「聡、高橋くんて誰?」
 真雪が訊く。
 それは私の――私の――。
「私の、親友だよ」
「ふぅん……」
 真雪はまた訊きたそうにしていたが、止めてくれた。
 そうだよな――高橋くんのことを真雪達に説明するのは難しい。
 真雪は空気を読むことに長けた子だった。
 多分、私よりも――。
「それよりさ、ラーメン持ってきてやったよ。ほら」
「何がほら、だ。作ったのは俺じゃねぇか」
 真雪と遥、なんだかんだ言って気が合うらしい。
 遥がラーメンを作ってくれたようだ。
 そういえば旨そうな匂いが……。
 ぐううう、と腹も鳴った。
 まぁ、あんな朝食じゃ腹が減らない方がおかしいがな。
 真雪は笑った。
 失敬な奴だ――まぁいい。
 真雪がベッドの上にテーブルをセッティングしてくれた。
 ラーメンは消化に悪いんじゃないかなぁと思ったが、指摘するつもりはなかった。
 だって――あまりにも美味しそうだったから。
「鰹節でダシ取ったんだぜ。旨いぞ」
 そう言って、遥がにっこり笑った。
 この男はニ十過ぎているんだったな。
 大きな瞳の童顔だが、笑うとまた可愛くなる。
 この男は、今の私より年上なんだな――そう思うと妙な気持ちになる。
 高橋くんの方が遥かに大人びている。
 ダジャレじゃないぞ、言っとくけど。
 私は割り箸を割って、
「いただきます」
 と言うと、ラーメンをすすった。
「美味しい……」
「だろ? マンガでやってたの、旨そうだから参考にした」
「でもおまえ、確かこのラーメンしかできないんじゃないか?」
「うん、実はそうなんだ」
 遥は頭をぽりぽりと掻く。
「何度も練習したよ。俺は、ぶきっちょだもん」
 そのぶきっちょなおまえが、私をこの不条理な世界に巻き込んだのか。
 おたおたしている私の方が不器用ではないか。
 高橋くんは喜びそうだな――彼はSFやファンタジーが大好きだから。
「不器用なのは私も同じさ」
「聡、今『私』って言ったー! 変な感じー!」
 真雪が腹を抱えた。
 本当に失敬な奴だ!
「これでも、元の世界では作家先生で通ってたんだぞ」
 ……売れないけどな。
 高橋くんだけだったな、私の味方は。
 私の才能を信じて、励ましてくれたっけ。
(鈴村先生! 先生にならできます!)
(鈴村先生! やりましたよ! 連載の仕事、とってきました!)
(鈴村先生……実は、連載今回で打ち切りになりました……最終回を書いてください)
 そして、高橋くんはその晩、
「本物の才能は理解され難いものなんですよ」
 と言って、一緒にバーで酒を飲みながら私を慰めてくれた。
 私は、慣れっこだった。
 自分に才能があるとは思わない。
 あるのは、自意識と、親の遺産と、通り過ぎて行った女友達だけ――失った家族に、また会えるとは思わなかった。

Satoru ten years old 12
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