Minto! 8

 岡村くんと明と一緒にあたしが校門に向かって歩いてくると――
「ミント!」
「ゆうくん!」
 ゆうくんが、目の前にいた。
「どうしたの? 誰か待ってるの?」
 あたしが訊いてみると、ゆうくんの顔はちょっと赤くなったようだった。
 あら? あたし、何かまずいこと訊いちゃったかしら。
「馬鹿だなぁ、ミント」
 岡村くんはこつんとあたしの頭を小突いた。
「ゆうはミントを待っていたんだよな」
「う……」
 ゆうくんは絶句しているらしい。
「何だ。図星か」
「タカシ! てめえよくもオレをひっかけたな!」
「誰でもわかるっつーの」
 あたし、わかんなかったんだけど……。
「それに、未来のお義兄様に向かって『タカシ!』とは何だ。『貴史お兄様』と呼べ!」
「けっ。だーれが!」
「ゆうくん、わざわざ待っていなくても、家で会えるんだから……」
 あたしは、悪いと思いながらも話の腰を折ってしまった。
 ゆうくんと岡村くんは……。一斉にあたしの方を振り向いて、それから、
「はぁ~あ」
 と、大きく溜息を吐いた。
 な……何? あたし、何か悪いこと言った?
「おい、ゆう。おまえの恋は前途多難だな。諦めた方がいいんじゃねぇか?」
「アンタに言われたかねぇよ、タカシ。おまえだって、明のことは諦めろよ」
「んなわけにはいかねぇよ。でも、ミントがこんなにニブイとはなぁ……」
 へ? あたしのどこがニブイの? そりゃ、ゆうくんがわざわざ待っていてくれたことは嬉しいけど。
 あたし、もう一人で帰れるし、明もいることだし……。
「アンタが義理の兄なんてやだぜ、オレ」
「俺も、義理の弟がゆうなんてごめんだぜ」
「あんた達……」
 今まで蚊帳の外だった明が言った。
「そういうことは学校の校庭でするような話題じゃないでしょ! ほら、行くわよ、岡村。ゆうは先に帰ってなさい」
「何でだよ。明。おまえらどこ行くつもりだよ」
「岡村の家」
「あー、ずっりー。オレも行く」
「けけけ、ガキは家であの美人のおっ母さんに膝枕でもしてもらいな」
 あ、ゆうくんがママの膝でゴロゴロしているところ、ぱっと思い浮かんでしまったわ。
 うーん。絵的にほのぼのしていなくもないか……。
「いつまでも子供扱いすんなよぉ」
「子供でなかったら、一人で帰れるだろ?」
 岡村くんがゆうくんに対してにやにや笑う。
「わぁったよ! ばーかばーか! タカシのバーカ! 明のバーカ! ミントの……」
 そして、ゆうくんは駆けて行く。
 ミントの……。後は何て言おうとしたのかしら。何か悔しそうだったけど……。
 気のせいか、涙がにじんでいたみたい。あたし、ゆうくんに何かしたかしら。
 知らないうちに傷つけたのかも。後で謝っておこう。
 でも……何でゆうくんは悔しげだったのかしら。
「ねぇ……岡村くん。ゆうくんは……」
「ああ、心配しなくていいよ。そうだろ? 明」
「まぁね」
 明がぶすっとしながら答える。
「どうしたの? ゆうくんは」
「ゆうもかわいそうだな。小二で初恋をして、その相手が年上で、しかも、すごく鈍いと来る」
「自業自得よ。なっまいきに」
 岡村くんと明の話がわからない。
 でも、それって、誰のことかしら……。あっ!
「ゆうくんて、岡村くんのお姉さんに恋してるの?!」
 あれっ?!
 岡村くんだけでなく、明もズッコケている。
「やっぱり、ちょっとゆう、気の毒かも……」
「ええっ?! 何で?! 恋に年齢は関係ないじゃない!」
 明の言葉に、あたしは反論した。
「――まぁ、あのませガキにゃ、いい薬さ」
 岡村くんは、パンパンとズボンの埃をはたいた。
「さぁて行くか。岡村ん家へ!」
 明が後ろからあたしに抱きつく。わっ。バランスが取れない!
 あたし達は、すってーん!と勢いよく転んでしまった。

「さ、ここが俺の家だぞ」
「わー、すごーい!」
 あたしは思わず声を上げていた。
 庭はそんなに広くない。だが、建物は綺麗でピカピカ。かなり大きい。
 あたしがお世話になってる西澤家より大きいんではないだろうか。
 と、そこへ――
 おさげ髪の女の人が出てきた。
 わぁ、美人だなぁ……と見惚れていると――女の人があたし達に気付いた。
「クロサワ!」
「ちーちゃん!」
 女の人と明が抱き合った。
 今、ちーちゃんて……ひょっとしてこの人……。岡村千春さん?!
「あ、ちーちゃん。この子、水無月美都。あたしはミントって呼んでるの」
 明が嬉しそうに紹介してくれる。
「岡村千春です。どうぞよろしく」
 千春さんは、ぺこりと頭を下げた。
「ねぇ、貴史、あなたこの子に何か迷惑かけてないでしょうね」
「かけてねぇよ……」
 岡村くんの心が痛そうだ。表情でわかる。千春さんも冗談で言っただけなのはわかるけど。
「ねぇ、千春さんが『ちーちゃん』なのはわかるけど、『クロサワ』って言うのは?」
 あたしはわざと話題を変えた。
「ああ。あたしのニックネーム」
 明はさらっと流した。
「昔、黒澤明という有名な映画監督がいたの。私もファンなのよ」
 千春さんが説明する。そんな人がいたとは知らなかった。
「でね、西澤明(にしざわあき)と黒澤明(くろさわあきら)って、何となく似てるでしょ? 字面も似てるから、あたしはよく明ちゃんのことを『クロサワ』って呼んでるの」
「へぇ~」
「でも、クロサワって呼んでいいのは、ちーちゃんだけだからね」
「そ。そして私のことちーちゃんって呼んでいいのもクロサワだけ」
 その時、高野くんが走ってやって来るのが見えた。

2011.8.3

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