Minto! 6

「水無月美都です。よろしくお願いします」
 あたしは大声で言って頭を下げた。
「そんなの、もう知ってるってー」
 と、野次が飛ぶ。
「うるさーい」
 笹峰先生は、出席簿を机に叩きつけた。コワい。
 はぁ~っ、どうなっちゃうんだろう。あたしの学校生活。
 楽しみなようなおそろしいような……。
「えー、水無月くんは東京からやってきました。ね、それで、わからないことがあったら教えてあげるように。ところで」
 笹峰先生はぎょろりとした目を向ける。
「は、はい~っ……!」
「水無月、どうして職員室に来なかったんだ?」
 もう呼び捨てにされてる……それはいいとして。
 職員室?
 行かなきゃダメだった?
「最初が肝心だと、先生は思うぞ」
 ええ。それはもう。骨身にしみてわかりましたから。
「せっかく放送室まで行って呼んでもらったのに……」
 はぁーっ、と先生はため息を吐く。
 放送? 気がつかなかった。
 たくさんのことがあり過ぎて。
「先生。もう授業にしましょうよー」
 と、誰かの声。
 助かった。どうやらこの先生は絡むタチであるらしい。
「んじゃ、水無月の席は……」
「明の隣でしょ? どうせ」
 今度は女子の声だ。顔と名前が一致するように早く覚えないと。
「みんな知ってるみたいだな。その通りだ」
 そうじゃないかと思ってました。明の隣が空いてたし。だから、あたしも自然とそこに座っていたのだった。
「じゃ、教科書の19ページを開いて……」
 一時間目は国語だ。
 ふぅん。ここなら、もう前の学校で習ったとこだな。やっぱり田舎だから遅れているのかな。……田舎の人に失礼か。
 というか、この学校にずっといたら勉強遅れちゃうじゃない! どうしよ! うちのママ、それはもう熱心な教育ママなのに。
 このままだと塾に行かされちゃうぞー。
 あ、でも、別の見方もできるか。
 あたしは前の学校では中くらいの学力だったのよね。
 ということは、ここではトップクラスも夢ではないかも!
 真美さんみたいに、
「頭いいーっ!」
 って言われるかもしれない。真美さんて、そゆこと言われそうなイメージ……。
 うわっ、いいないいな。それってアコガレだったんだよね。
 かわいいなんて言われるより何倍も嬉しい!
「はいっ!」
 質問に早速手を上げる。突き刺さる視線は無視だ!
「うぉっ! 早速水無月か。さすがに東京の子は理解が早いな」
 あたしはカチンと来た。
 東京の子……この先生はあたしをそんな言葉でスポイルする気だ。
 負けるもんか!
「ジュンという子のセリフはおかしいと思います」
「ほう。おかしいとは」
「ここは泣く場面ではないはずです。それなのに、泣き落としというか……そうすることで周りに自分をアピールしているだけだと思います」
「ほう……」
 一同の空気が変わった。いろいろな雰囲気がわかる。
 鋭い読みをする子だとか、反対に、生意気にも教科書の言う通り勉強しない子だとか。
 あの子、ジュンのこと言える? さっき岡村くんに泣き落とししてた子が……という意見もあった。
 でも、国語って、自由なはずでしょ? どんな読み方しようとも。漢字は正しく書かなきゃいけないけど、あたしは漢字だって得意なのだ。
 算数なんかより楽しい。算数も嫌いではないけど。
 歴史は覚えること多くて大変だけど、お話作りは好きだった。
 歴史上の人物になり切って、物語を書くの。超楽しかった。あたしは歴史の時間が大好きだった。
 それでね、小説書こうとしたこともあるわけ。題名は『タイムトラベルは楽し』。名曲『メトロポリタン美術館』の中の一節よ。
 あまりに壮大過ぎて、未だに手がつけられないんだけど……。
 でもねでもね、一度やってみたい。
 これが書けたら、あたし、自分ですごいと思う。まだ書けてないけど。
 あ……、国語の時間だった。
「うむ。先生は正直な感想で素晴らしいと思うぞ。実は先生もそう考えていた」
 笹峰先生が味方に回ってくれた!
「じゃあ、先生はジュンが嫌いなのですか?」
「嫌いというのとは違う。ただ、そういう感想もあるというだけだ。まぁ、好きでもないがな」
 しかし、学校の先生が、教科書の感想を正直に言ってもいいのかなぁ……。
 あたしが前読んだ本では、先生はあくまで学校という枠で授業をしなければならないとか。
 だいじょうぶかなぁ……。国語は自由なはずだって、さっきそりゃ確かに思ったけどぉ……。
「次に、意見のある人」
「はい」
 大人しそうな子だった。髪の毛をひとつにしばっている。
「私は水無月さんと違います。私だったら、やっぱり泣くと思います」
 うん。彼女は泣きそうな子だ。
「ほう。園部の意見も貴重だな」
「そりゃ泣くよねー」
「ほーんとほんと」
(ミント)
 明があたしに声をかける。
(なぁに?)
(あの人達、反対のための反対やってるだけだから放っておいて。ミントが何言おうと全然関係ないのよ)
 うん。それはわかってる。
 あたしは明に軽くうなずくと、授業に戻った。
 園部さんは、やっぱりさすがというべきで、自分の意見をちゃんと持っている。
 でも、それに便乗している人達はゆるせない。ズルイ、と思う。
 まず自分の意見を持とうよ。
 あたしは早速、『明、真美、岡村くん、高野くん、園部さん』とノートに書きつけた。
 この学校にも、歴史の時間がある。
 歴史は別な先生だ。斉藤先生というらしい。
 この人は話が面白い。この先生なら、わかってくれるかも……。
「先生、提案があります」
「なにぃ?」
 斉藤先生は、面白そうに眉尻を上げた。無頼漢、ていうのかな。そういう感じ。四十代くらい?
「転校早々俺に意見するたぁ面白い。何が言いたい?」
「この歴史の時間にも、お話作りの時間を作ればいいと思います。たとえば、その世界にタイムスリップした感じで」
 途端に、ええーっ!と叫び声が上がった。やだよー、という声や、面白そうじゃん、という声や、自分ができるからって自慢して……とか言う声まで……。
「ほう……なかなかゆかいそうなテーマだな。よし、それやろう!」
 斉藤先生はにやりと笑った。 

2011.6.29

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