Minto! 37 お囃子が遠くに聴こえる。神社でお祭りをやっているようだ。近付くと、神社は人と屋台でにぎわっていた。 「明、縁日だぜ! 行こうぜ!」 「そうね!」 こういう時は明とゆうくんは意気投合する。あたしも祭りは好きだしなぁ。 「じゃあ、私がなんかおごってあげようかぁ」 千春さんが上機嫌で言う。 「ほんと?! あんがと、ちぃ姉」 ゆうくんが喜びのおたけびを上げた。 「うん。私、今、機嫌いいから。クロサワとミントの分も買ってあげる」 「本当? 悪いなぁ……」 とか何とか言いながら、明がにやにやしながらしっかりおごってもらうつもりであることをあたしは見逃さない。 「俺が払うよ」 「いいっていいって」 乱造さんの言葉に千春さんがぶんぶんと手を振る。 「俺も売り上げとか……あるし」 「それはお母さんの為に使ってあげて。お母さん元気?」 「うん。まだ時々寝込むけど」 ぴーひゃらぴーひゃらどんどんどん。 ぴーひゃらぴーひゃらどんどんどん。 「わぁ……」 屋台の多さにゆうくんは目を輝かせる。むろん、明もだ。屋台からはいい匂いがする。じゅうじゅう何かが焦げた音もする。 「ねぇ、綿菓子買おうよ、綿菓子。次お面な」 「浴衣着てくれば良かったぁ」 ゆうくんと明が口々に言う。 「結構人いるね――あたしも縁日好きだな」 「そうね。私もよ」 千春さんがあたしの台詞に頷いてくれた。 「夜になるともっと賑やかになるんじゃないかな。――はいこれ」 千春さんはあたしにペンダントを渡してくれた。 「ミントに買ったげる」 「いいんですか?」 「いいわよ。クロサワは何が欲しい?」 「ミントと同じの!」 あたしと明はペンダントをつけると、顔を見合わせてふひっ、と笑った。 「似合うわよ、ミント」 「明だって」 温かい沈黙が流れる。 「乱造にもなんか買ってあげましょうねぇ」 「だから、俺は自分で買うって……」 「いいじゃん。買ってもらえば? 人の好意は受け取ってくもんだよ」 明が言う。ゆうくんは綿菓子の機械に夢中だ。 「じゃあ、たこ焼きを」 「遠慮しないでもっと頼んで。売り上げもそこそこあるから」 「――じゃあ、お言葉に甘えて……焼きそばを」 「食べ物ばっかね。オッケー」 まずはゆうくんの綿菓子だ。千春さんはゆうくんの傍に来て代金を支払った。 「ミントー、オレの綿菓子、一口やろうか?」 「え? い、いいわよ……」 「ゆう。お姉様が一口ちょうだいしてもいいわよ」 「明にはやんね」 「むきー! 相変わらずやな弟!」 あたしと千春さんは声を立てて笑った。乱造さんも微笑んでいる。 「いいもんね。――あたし、フランクフルト食べたいな」 「じゃあそれも」 あたし達は屋台を見て回る。割と大規模な縁日で楽しい。あたしは焼き鳥を口にした。とろっとしたたれが甘い。 「ちょっとすわろっか」 明の提案で、あたし達は芝生の生えた坂に座った。 リュックの中には同人誌が何冊か。面白そうなのをみつくろって買った。うっかりBL本は買わないようにだけど。あたし達はみんなリュックを背負って来ていた。 乱造さんは千春さんと楽しげに次作のアイディアを語り合っている。そして笑う。明はもう本を読んでいる。 「明ー。変な本ばっかり読むなよー」 「変な本とは失礼な」 ゆうくんの台詞に、明は読み終えた本をしまいながら答える。ゆうくんは聞いてないようだ。ゆうくんは乱造さんの方を見遣る。 「手袋うさぎ、オレ、学校ではやらせるんだ」 「なるほど。手袋うさぎを宜しくな。ゆう」 「任しとき」 ゆうくんは胸をどんと叩いた。 「ははは。手袋うさぎの将来は安泰だな」 乱造も千春さんも笑う。 「ちぃ姉、乱造、二人とも仲良くな」 「うん!」 「ああ」 二人が頷く。結局ゆうくんがまとめてしまった。ゆうくんて、この年頃の子にしてはしっかりしている。明のおかげかもしれない。 玲子ママはゆうくんのこと、甘やかしてたのにねぇ……でも、何となくわかる気がする。玲子ママ(つまり、明とゆうくんのママ)の気持ちが。 「明ー。もうちょっと見て回ろーぜー。じゃ、お二人さん、ごゆっくりー。ミントも早く来いよー」 「ゆうー。アンタ変な気回してんじゃないわよー。ガキのくせにー」 明はゆうくんの後を追っかけて行った。ちょっと! 明! リュック置きっぱなし! 全くもう。 「それじゃ、あたしも」 あたしも自分と明の荷物を持って明達の後を追う。振り向くと、千春さんと乱造さんは手袋を取り出してうさぎを作り、なんか話していた。乱造さんはピンク色の手袋だ。ピーチのつもりなのだろう。 いいなぁ、ああいうの。 あたし達はまだお金があったので、ヨーヨー釣りしたり、射的をしたりした。金魚すくいはすくった金魚がミーコに狙われるといけないのでパスした。本当はちょっとやってみたかったんだけど。 「ガンプラ当たっちゃったー」 「えー。いいなー」 ゆうくんの戦利品を明は本当に羨ましそうに見つめている。明、ガンダムも好きだったんだ……。 「へっへーんだ。これはオレのものだもんね。明にはやらないもんね」 「いいわよーだ。あたしにはこのペンダントがあるもんね」 「ちぃ姉にたかったやつか」 「プレゼントしてもらったの」 ゆうくんが走り出したので、明も駆け出す。しかし二人とも、よく人の波を器用にすり抜けて行くもんだ。 変なところで感心していると――。 「あっれー、ミントじゃん」 その声は――。 「岡村くん!」 いつもよりおしゃれめの岡村くんだった。 「何だよ。明達も来てんのか?」 「――あっちで追いかけっこしてる。疲れたら帰って来るわ。千春さんも来てるわよ。あたし達、イベントの帰り」 「ああ。姉貴も来てんのか。俺もイベントに誘われたけどそっちは断ったんだ。ま、アンタらともここで合流できて嬉しいぜ」 「岡村くん、一人で来たの?」 「俺、縁日好きなんだ。一人で来るのもなかなか乙なもんだぜ。まぁ、今回は高野や川崎もいるけどな。つか俺のことは高野が誘ってくれたんだけど」 「真美もいるの?」 その時、高野くんの岡村くんを呼ぶ声がした。岡村くんとあたしは姿を見せた高野くんと真美に向かって一斉に手を振った。二人もあたし達に気付いたらしく、大きく手を振り返してくれた。 2015.1.10 38へ→ |