Minto! 35

 翌日。
 あたし達はイベント会場へ向かった。イベントと言っても、歌手のライブとかではない。マンガ好きさんの集まるところだ。――後、BL本好きさんな女の子も。
 正式には同人誌即売会という。
 有明のビッグサイトが一番大きな催しみたいだけど。いつか東京へ行ってみたいと明が言っていた。
 その時は、多分あたしも一緒かな。
 地方のイベントも楽しいけどね。ていうか、あたしそれで満足。
 ゆうくんも何故かついてきていた。
「ゆう、何でアンタがくんのよ。興味なさそうだったくせに」
 明は不満顔だ。
「えー、いいだろ。別に」
「イベント会場では大人の本も売ってるからね」
「知ってる。変態本だろ。そうじゃなくて、オレは手袋うさぎのマンガを売ってるところを見たいの」
「へぇ、乱造のマンガ、わかるんだ。『ソセイランゾウ』と言ってたくせに」
「昔の話だよ」
 このゆうくんの台詞を聞いて私は、
「昨日? そんな昔のことは覚えていない」
 というカサブランカ(だっけか?)の台詞を思い出した。
「でもゆうを連れて行ったってねぇ……ゆうが売り子をできるとは思えないし」
「何だよ、売り子って」
「本を売る人のことよ。お金の計算もできなきゃだめなのよ」
「オレ、計算得意だぜー」
「そうなんだ。いいなぁ」
 あたしはつい口を挟んでしまった。
 あたしは計算が全然苦手だから。売り子ぐらいのことは何とか務まるかもしれないけれど。
「おっ、ミント、オレのこと見直した?」
「アンタは自分で言ってるだけじゃない。計算得意って、口では何とでも言えるわよ」
「少なくとも明よりはマシだぜ」
「何よー、生意気言って。もう連れてってやんない」
「自分で勝手に行くからいいもん」
「仕様がないわねぇ」
 明がふかぁく溜息を吐いた。
 でも、明はゆうくんをちゃんと会場まで連れて行った。やっぱりお姉ちゃんなんだよね。それとも玲子ママが怖いのかな。
「おう、明――何だ? となりのちんまいのは」
 そう言ったのは熊井さんだった。
「ちんまいとはなんだ、ちんまいとは」
「ああ、これ、ゆう。あたしの弟」
「ほう。そういえば似てるな。うん、将来大物になりそうな顔してる」
「明、こいつ見る目あんな」
「あんまり真に受けるんじゃないわよ。熊井は適当なこと言うから」
「いやいや。適当ではない。本気だ」
 そうよね。あたしもゆうくんは大物になりそうな気がする。ゆうくんがマンガを手に取ってパラパラとめくった。
「熊井さんのマンガは面白そうだな」
「おお、一冊買ってくか? それともおまけしてやっか?」
「おまけしてくれんのか?」
「俺のマンガを気に入ってくれたお礼だ。それにほら、明にはいつも世話になってるし」
「明。こいつ、おまえの彼氏か?」
「んなわけないでしょー」
 明が大声であはははと笑う。
「なんだよー、笑うなよ傷つくなぁ」
 熊井さんが口をへの字に曲げる。
「まぁ、俺も明より大人しい子が好みだけどな。ミントとか俺の好みだぜ」
 わっ、こっちに話が回ってきた!
「いいけどな。ミントはやんねぇぞ」
「おお、このガキ、いっちょまえに妬いてんのか?」
「ミントはオレのもんだ」
 いいけどね……あたしが好きなのは乱造さんだから。
 それに、明も結構モテるのよ。岡村くんとか、高野くんとか。
 ところで、気になったことがあるんだけど……。
「ねぇ、明。千春さんは乱造さんには普通に接してるの? こういうイベントでは会うことも多いでしょ」
「うん。多分普通だったと思うけど」
「どうして千春さんは乱造さんの家に行かなくなったのだろう」
「だからそれは乱造さんが好き過ぎて……」
「それは明の解釈でしょう?」
「うん……まぁ、そうだけど」
「確かめてみない?」
「そうね」
 ゆうくんは熊井さんの本を手にしてご機嫌だ。あたし達は千春さんのスペースを見つけてやってきた。
「あら、クロサワ、ミント」
 千春さんは明のことを『クロサワ』と呼ぶ。
「本、買いに来たんだけど。ついでにききたいことが」
「なぁに?」
「ちーちゃん、どうして乱造の家に行ってあげないの?」
 明は要点をずばりときき出した。
「……ここでは何だわね。ゆりちゃん、売り子お願い」
「わかったわ。今スケブ終わったとこだからね」
「オレ、乱造のところに行くよ」
 気をきかせたらしいゆうくんが人の波をかきわけかきわけしている。
 あたし達は外へ出た。途中立ち寄った階段には本を読んでうずくまっている子達が何人かいた。みんな中学生か高校生ぐらいのようである。
「いい風ねぇ……」
 千春さんのおさげ髪が風に揺れる。
「ちーちゃん、あのね……」
「言いたいことはわかってるわ。でも、私と乱造じゃ釣り合わないもの」
「どうして!」
「――私は二次元にハマってるのよ。いつか自分のキャラと結婚することも夢見てるわ。――乱造は、確かに私の好みだけど……私にはもったいないのよ」
「二次元にハマっているからもったいないの?」
「ううん。そうじゃない。ただ――自信がない」
「自信、とは?」
「乱造は上等の人間よ。私は一介のBL描きだもん。才能だって乱造の方が上だし」
「乱造さんは今でもあなたのこと好きよ!」
「ミント!」
「言わせて! 好きなのに何も言わず身を引くのは一番悪いことよ! 相手を不安がらせるだけなの! 自分のどこが気に入らないのかとね!」
「ミント……」
「乱造さんなら理由さえ話せばわかってくれるわ! それとも、千春さん、乱造さんが好きじゃないの?」
「――好きよ」
「だったら……」
「お願い……考えさせてくれる?」
 そう言われるともう逆らいようがなかった。
「ゆりちゃんにばかり仕事押し付けてもあれだから、もう戻るわ」
 千春さんの後ろ姿はどこか悄然としていた。明がパチパチと手を叩く。
「ミント……さっきのタンカ、かっこよかったわよ。これでちーちゃんが勇気を出してくれれば一番いいんだけどね」

2014.9.30


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