Minto! 33

「オレ、乱造のこと見直したよ」
 帰り道にゆうくんがそう言った。あたしは少し嬉しくなった。
「まぁ、悪いヤツじゃないけどさ、ピュアだからね、あいつ」
 その純粋さが千春さんを苦しめ――そして距離を置かれてしまったのだろう。そんなことをする千春さんもやっぱり純粋なんだろうと思う。
「明、おまえ、乱造のこと好きなんだろ? 良かったじゃねぇか。ライバル減って」
「あんたには心の機微というのがわからないのよ」
 明が『心の機微』なんて難しい言葉を知っているのにはちょっと驚いた。
 けれども、驚くにはあたらないかもしれない。
 明は本をよく読んでいるし(もしかしたらあたしよりも)、成績は良くないと言っても頭はいい。
 ゆうくんは早熟だが、明も確かに早熟だった。
「乱造……ちーちゃんと上手くいくといいのにね」
「ふぅん……」
「何よ、ゆう」
「明もなかなかいいこと言うなと思ってさ」
「だって、あたし、ちーちゃんにも乱造にも幸せになってもらいたいもん」
 あたしも明を見直した。明が言った。
「でもさ、乱造も優しいお母さんがいてよかったね」
 あたしもそれは感じていた。明ママもいい人だけど。そしてもちろん、あたしの両親も。
「オレ、手袋うさぎが好きになったよ」
「ほんと?! 嬉しい!」
 あたしは声を出した。
「また手袋うさぎが読みたいな。な、明」
「うん」
 明も笑顔で答える。
「二人とも……珍しいね」
「何が?」
 明とゆうがユニゾンで訊く。その途端、二人は顔を見合わす。あたしは説明した。
「仲がいい二人は珍しいってこと。いつもケンカばかりじゃない」
「ケンカするほど仲がいいって言うよね」
「ま、明はバカだけどやなヤツじゃないしな」
「何ですって?! こらゆう!」
「やーい、ここまでおいでー!」
「待ちなさーい!」
 そっか。きょうだいいないあたしには羨ましいな。明とゆうくんの関係が。
 お母さんがちょっとゆうくんを溺愛し過ぎるきらいがあるけれど……仕方がないか。ゆうくん可愛いし。かと言って明が可愛くないというわけじゃないんだろうけど。
 でも、ゆうくんが手袋うさぎ好きになってくれて良かった。
「ミント、これからは手袋うさぎごっこしようぜ」
 あたしは喜んでうなずいた。
「明ー。ゆうー。ミントー。お帰りなさーい」
 明ママが笑顔であたし達を迎える。明ママの笑顔はあたし達をほっとさせる。癒し系の笑顔だ。
「ママ。ミントはね、絵がすごーく上手なんだよ」
「まぁ、良かったわね」
「うん。ほら。見せてやんなよ。ミント」
「う……うん」
 あたしはバッグから自分の絵を取り出す。乱造さんがノリにノッて描いていた間、暇を持て余したあたしは、ゆうくんに頼まれて描いたのだ。
「まぁ……素敵」
 明ママはほう、と溜息をついた。
「さすが陽子の娘なだけのことはあるわね。陽子も絵が上手かったのよ。私もね」
「あたしは絵ヘタだよ。ママに似なかったのね」
「そんなことないわよ。明の絵だってママ好きよ」
「いーよ。気使わなくたって」
「オレの方が上手いよな」
 ゆうくんがにやにや笑いながら茶々を入れる。明がちょっと睨んだ。
「ゆうは気を使うことを覚えなさいね」
「明に気ぃ使ってどうすんだよ。それに下手だからっていい絵じゃないとは限らないぜ。絵なんてしょせんは好き嫌いなんだからな」
 ゆうくんの言う通りだ。ゆうくんは時々小学二年生とは思えないくらい大人びたことを言う。
(まるで輪くんみたい……)
 あたしはぼく地球――『ぼくの地球を守って』を思い出した。続編も買っている。ぼく地球の方が面白いけど。読むたびに泣く。けれど、そのマンガは全部実家に置いてある。
 後は……ガラスの仮面とか、親が買っていたパームシリーズとか南国少年パプワくんとか……あたしも結構マンガを読んでいる。
 けど……ホモはわからない。パタリロは面白いけど。
 千春さんはホモのマンガが好きになったから純粋じゃなくなった、みたいなこと、自分で言ったのかなぁ……。だとしたら少しわかるけど。
「さ、食事にしますよ。今夜はカレーよ」
「わっ、ママのカレー大好き!」
 明が喜んだ。
「ママ、みんながカレーを美味しく食べてくれて嬉しいわ。ありがとう」
「こちらこそありがとうございます。いつも甘えさせていただいて」
 あたしは日頃のお礼を言う。明ママの顔が輝いた。
「どういたしまして!」
 明ママがあたしの手を取った。
「あなたは陽子の忘れ形見なんですからね。好きなだけ甘えてもらっていいのよ!」
 忘れ形見って……お母さん、まだ死んでないんだけどね。
 ミーコが足元にすり寄って、可憐な声でニャーと鳴く。
「あ、ミーコにもご飯やんなきゃ」
 明が急いで缶詰を取り出す。
 ピンポーン。
 チャイムが鳴った。
「あっ、パパだ」
 パパ……?
 明のパパは忙しい身なのだ。あたしもちょっと明パパとの接点は少ない。
「お帰りなさーい、パパ!」
 明とゆうが駆け寄って抱き着く。
 いいな……。あたしもお父さんとお母さんに会いたい。
 やだ。ちょっと涙が鼻に来た。
「ミント……」
 その様子を見た明ママがそっとティッシュを渡す。私はその気遣いをありがたく思った。明ママは優しい。さすがに明とゆうくんのママだけのことはある。明もゆうくんもいい子だもの。
「ただいま……ミント」
 明パパはちょっと決まりが悪そうに――というか、他人行儀な態度を見せる。態度というか、雰囲気というか……かな。甘ったるい愛称をはにかみながら呼んでくれる。
 この人とも家族をやっていかなければならないんだ。明とゆうくんの父親なだけあって、かっこいいけど、あたしはちょっと苦手だ。
「お帰りなさい……」
 あたしは照れながらそれだけあいさつした。
「玲子、風呂湧いてるか?」
「湧いてるわよ。先入る?」
「ああ」
「今日はカレーよ」
「そうか」
 明パパはこの家では何となく存在感が薄い。あたしがここに来てまだ日も浅いからかもしれないけど。
 そう……この家では本当にいろいろあった。
 明とは学校も一緒でいろいろと世話になっているし――イベントだって……そうだ、イベント!
 乱造さんから「是非来てくれ」と頼まれてたんだ。明からも。ゆうくんは興味なさそうにしてたけど。小二でホモ本はまだ早いわよね……。
 千春さんとも会えるかな。会えるだろうな。乱造さんとのことはそっとしておいた方がいいのかしら……まぁ、そもそもあたしにはくちばし挟む資格はないのかもしれないけど。――なるようになるか。

2014.7.25


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