Minto! 31 あたしが戸惑っていると……。 ピンポーン――と、ゆうくんがチャイムを押した。ほどなく、乱造さんが迎え入れてくれた。 「明、ミント、入れ。えーと、そっちの子は……」 「西澤ゆうです。初めましてではありませんよね」 そう言って笑う。 「オレも手伝いに来たんだぜ。絵は得意な方だしさぁ。明と違って」 「一言多い!」 明がゆうくんにチョップを食らわせた。乱造さんは毒気を抜かれたらしい。 「そ……そうか。まぁどうぞ」 中も殺風景だった。必要最低限の物しか置いていない感じ。一応寝室はあるみたいだけど。――あたしは隣の部屋に続いていると思われる襖に目をやった。 「母が寝ているから静かにしてくれよ」 乱造さんの指示に、あたしと明は「はーい」と返事をした。ゆうくんだけが返事をせずにこう言った。 「貧乏なのか? 乱造の家」 「ちょっと、ゆうくん……」 あたしは焦る。乱造さんは、まぁ、確かに裕福ではないな、と苦笑交じりに答えた。 「ね、ねぇ……乱造さん。あたしは何をすればいいの?」 あたしは慌てて話を変えようとした。 「そうだ。ミントはベタ塗ってくれるかな。後でホワイトで人物の周りを囲んでくれるとありがたいんだけど」 「ホワイトって?」 「修正用の道具だよ。俺はポスターカラーを使っているな。本当はミスノンなんかが欲しいけど、高いし」 「ふうん……」 「じゃ、この女の子、白く周りを縁取りして」 「はい」 「あたしは絵が描けないからメシスタントになるわ」 「助かるよ」 乱造の言葉に、明がぽっと頬を染めた――ような気がした。 「オレは何すればいいんだ?」 いっけない。ゆうくんのこと忘れてた。 明が言った。 「アンタはあたしの手伝いよ」 「ちぇー。わかったよ」 明とゆうくんは台所に行った。 家の中は物がない代わりかなりキレイになっている。住んでいる人の性格がうかがえそうだ。 そうだ。訊きたいことがあったんだった。 「ねぇ、乱造さん」 乱造が作業の手を止めた? 「何だ? ミント」 「千春さん……手袋うさぎは描かないんですか?」 「そうだな。もう描かないと言っていた」 「何故ですか! 子供だましだからと思っているからですか!」 あたしの声は自然と大きくなった。乱造さんは静かに答えた。 「そうじゃない……ちぃは、手袋うさぎを大切に思っているからこそ封印したんだ」 「封印……ですか?」 「ああ。ちぃは言っていた。乱造、手袋うさぎをお願いねって……あたしはもう、あの頃の純粋な自分には戻れない。あたしは汚れているからもう手袋うさぎは描けないんだ、って……」 乱造さんは遠い目をしていた。 千春さんのどこが汚れているんだろう……。彼女は純粋な人に見えたのに。 あんなやおいマンガ描いているくせに……いや、だからこそ純粋だってことはあるんだろうか。 「さぁ、お喋りはここまでだ。ミント、作業よろしく」 「うん!」 親しくなってみると乱造はそう無口な方ではない。相手が気を使うのか、乱造さんが人見知りする方なのかわからないけど、無口で無愛想に見えるのは最初だけのような気がする。実はお高くとまってもいないし。 あんまり美形過ぎるから、お喋りという印象は持ちづらいのかもしれない。あたしだって最初は誤解したもん。 でも……手袋うさぎにそんな秘密があったとは思わなかったな。 千春さんが手袋うさぎをやめたわけ……今度会ったらきいてみようかな。でもきかれたくないことだったりして。手袋うさぎを描かなくなったのはやおいマンガの方が好きになったからなのかしら……。 あたしは人物をポスカラで縁取っていく。乱造さんが見て、 「このまま続けて」 と言ったからOKなんだと思う。 それにしても――乱造さんの描くのの早いこと。 これなら、将来プロになっても困らないんじゃないかと思うほど。それに、乱造さんのマンガは続きが気になる。あたしはすっかり乱造さんのマンガのファン。 ――乱造さん自身のファンでもあるけどね。 「終わりました」 「じゃ、今度はこっちにベタ塗って」 「はい!」 あたしは乱造さんの生原稿を見た。つくづくキレイな線。あたしはほうっとためいきをついた。いけない! 作業作業、っと。 「ミント、背景描けるか?」 「は……背景?」 「バックの建物とかのことだよ」 乱造さんは気が立っているらしい。しかし、あたしは……。 「わかんない。描いたことない」 と、答えた。 「そうか。わかった。暇な時にでも練習しててくれ」 暇って……きょうびの小学生は結構忙しいんだけどな……。でも、乱造さんが言うからには描こう。風景画とか、建物とか、いっぱい描いて描いて描きまくろう。 「千春さんはアシスタントには来ないんんですか?」 「ちぃは忙しいんだ。今は話しかけないでくれ」 わー……乱造さん、真剣なんだぁ……。 あたしもがんばらなくっちゃね。――とりあえず、ベタは終わった。我ながらキレイに塗れたと思う。乱造さんにも、 「アンタ、ほんとに初心者か?」 と大真面目にきかれて照れてしまった。褒めてもらえた――んだよね。 「じゃあ、今度はこれにトーン貼って?」 「と……トーン?」 乱造さんは、しまった!という顔をした。 「時々アンタが初心者だということを忘れるよ。じゃ、これにゴムかけてくれるか?」 「消しゴムね。わかったわ」 乱造さんが花が開いたような微笑みを浮かべた。 「ベタとゴムかけだけでも大助かりなんだ。こっちとしては」 あたし達はしばらく作業に熱中していた。明の声が聞こえた。 「ご飯ですよー」 食卓の上には湯気が立ったご飯と味噌汁。それにポテトサラダがあった。あたし達は手を合わせた。 「いっただっきまーす!」 まずは味噌汁から。明がきいた。 「ね、どう?」 「美味しい!」 「明は料理が上手いな」 あたしと乱造さんは口々に明の料理を褒める。あたしは夢中でぱくついた。 「オレも手伝ったんだぜ」 とゆうくんも得意顔。「ありがとう、明、ゆうくん」とあたしは言った。ゆうくんは、「いやぁ……」と照れくさそうに頭を掻いた。明だけほめてゆうくんをほめないなんて不公平だもんね。 「ごちそうさまー」 食器を片付けた後は、ゆうくんと明はマンガを読んでここがいいとか批評したりして、あたしは引き続き乱造さんのお手伝い。――からり、と隣の部屋の襖が開いた。着物を着た年配の女の人が出てきた。 「皆さん、こんにちは」 その途端、乱造さんが叫んだ。 「母さん!」 2014.4.15 32へ→ |