Minto! 30

「ただいまー」
 あたしと明とゆうくんは家に帰ってきた。
「あら。ゆうくん、明、美都ちゃん。お帰りなさい」
 明ママは相変わらず綺麗な声だ。
「あ、ミーコにエサやんなきゃ」
「……オレがやるよ」
「あら、珍しい」
「そういう言い方ないでしょ。明。ゆうくんは天使なんですからねぇ」
 明ママが言った。天使は言い過ぎだとは思うけど……。ゆうくんはほんとはいい子なのだ。
「あいつが大人しいと気味悪くない? ミント」
 明がこそっと耳打ちする。
「そ、そうかしら……」
 確かにそんな気もなきにしもあらずだけど……。
 やっぱり今日のこと、やり過ぎだと思ったのかしら。それとも――他にも理由があるのかしら。
 ショックだったのかなぁ……あたしが乱造さんを好きだって言ったこと。
 ――うん、そうかもね。あたしだって乱造さんが千春さんを好きだって知った時は――まぁ、仕方ないかもね、とも思ったけど……。
 本当は、うん、失恋て辛いものだよね……。
 ごめんね。ゆうくん。
 でも、ここで優しくしたら勘違いされるかもしれないし。今日だけは心を鬼にしよう。
「ニャー、ニャーン」
 ミーコの声がする。エサをねだっているというより、心配そうな鳴き声だ。
「ミーコ……どうしたんだろ」
「さぁ……」
 あたし達が台所に行くと……ゆうくんがエサの缶詰を開けていた。
 ゆうくん、元気ない。さすがに泣いてはいないけど。
「暗いオーラ発してる」
 明ったらそんなこと言うとゆうくん怒るよ。
 ところが、ゆうくんは黙ったままぴよちゃんにも食事を出す。
「あ……あら……?」
 明はちょっと拍子抜けしてしまったらしい。
 ゆうくん……。
 失恋した辛さはあたしにもわかる……ような気がする。だから、ゆうくんのことが少し心配。
 夕食の時、ゆうくんはぽそっと言った。
「なぁ、明。明日乱造のところに行くんだろ? ミントと」
「うん。そうだけど?」
 明はこふきいもを頬張りながら答える。
「オレも連れてってくんね?」
「えー、でもー……」
「連れて行ってあげなさい。ね、明」
 ゆうくんが口をきいたんでほっとしたのか、明ママが勧めた。
「アンタ乱造のこと嫌いじゃなかったの?」
「嫌いだよ。でも、ミントがいいって言うんだから。あいつのこと」
「なるほど。敵情視察ってわけね!」
 明の目がきらーんと光った……んじゃないかな。ほんとはよくわからないけど。
「よしよし。お姉様が連れて行ってあげよう」
「なっ……偉そうにすんなよ。明のくせに!」
「あーら、連れてって欲しくないのぉ?」
 明……完璧わるい人だよ、それじゃあ……。
「う……仕方ねぇから……代わりにおまえの言うこときいてやるよ」
「いいわよぉ、そんなこと。それより、ちゃあんと乱造の手伝いするのよ」
「わ……わかったよ」
「まぁまぁ。何だか知らないけど、明とゆうが仲いいのは見ていてママ嬉しいわ」
 明ママはにこにこ。
「んじゃ、連れてってあげる」
 何故か満足そうな明と、やっぱりどこかしら元気のないゆうくんを見て――あたしは、明って強いなぁと思った。それとも、元々女って男より強いのかしら。

「お土産持った?」
 明ママが訊く。
「うん」
 明ママお手製のクッキーだ。乱造さんと食べるやつ。
 そう。もう土曜日なのだ。月日の経つのってあっという間ね。
 ゆうくんも昨日より顔色が良さそうだ。明は……いつものように明るい。明っていう名前だから明るいのかなぁ。そりゃもちろん、明るいだけではないけれど。
「明。先方にはくれぐれも失礼のないようにしなさいね」
「わかってるわよ」
「明なら大丈夫ですよ」
 あたしが保証した。
「そう? ならいいけど」
 明ママは明のことが心配らしい。何か失礼はないか、失敗をしでかしやしないか――と。
 明は明ママが思うよりずっとしっかりしてると思うんだけどね。あたしにはゆうくんの方がかえって心配だ。
「じゃ行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
 あたし達三人はぽくぽくと歩いていた。今日は暑くなりそうだ。
「なぁ、明。乱造の家はわかってるんだろうな」
「わかってるわよ。ちゃんと地図もらって来たんだから」
 明はFAXで送られた地図をひらひらさせた。家の電話がFAX付きのやつなのだ。
 幸い明は方向音痴の方ではない。ゆうくんもそれ以上はコメントしなかった。
 えーと……何か話さないとダメかなぁ。
「ねぇ、ゆうくん。乱造さんはね、手袋うさぎの話描いてるんだよ」
「手袋うさぎ?!」
 ゆうくんが叫んだ。
「オレ、手袋うさぎ知ってる!」
 なんか、嬉しそう……。
「オレな、昔はよく岡村ん家に明と一緒に行ってて――で、ちぃ姉が手袋うさぎで遊んでくれたんだ! ――懐かしいな」
 そして、ゆうくんはへへっと笑う。
 そっか……。確か岡村くんと高野くんは明の幼なじみだったな。
 それで、ゆうくんは千春さんのことちぃ姉と呼んでいたんだ。なんか可愛いな。
「オレ、ちぃ姉のことちょっと好きだったんだよ。でも、ちょっと大人びてて近寄りがたかったところがあったんだ」
 ゆうくんも小二にしては充分大人びてると思うけど。
「ちぃ姉、元気かな。もう恋人とかできたかな」
 ふふっとゆうくんが笑う。ゆうくんも千春さんが好きなんだね。
「手袋うさぎ、楽しかったな」
 ……千春さんも男同士の恋愛とかそんな変なもん描かないで手袋うさぎ描けばいいのに。ゆうくん喜ぶよ。そしてきっと、乱造さんも。
 それとも、まさか、手袋うさぎを子供だましと思ってないでしょうね。乱造さんの手袋うさぎのマンガははっきり言って芸術なんですからね!
「ちーちゃんの手袋うさぎ、しばらく見てないなぁ、そう言えば」
 明がしみじみと言った。
「千春さんも手袋うさぎ描いてたの?」
「うん。上手だったよー」
 じゃあ、なんで今は描いてないんだろう――あ、それともあたしが知らないだけでまだ描いてるのかな。
「ここが乱造の家ね。うん、間違いないわ」
 華流院家。あたしは呆然とした。だって、苗字や本人のイメージからして絶対すごい家に住んでると思ってたのに――これはおんぼろアパート(ごめん!)の一室じゃない!

2013.11.6

31へ→

BACK/HOME