Minto! 29

「な……何よこれ!」
 明がイラストクラブの部室の黒板を指差した。クラブは低学年の教室でやることになっている。
 そこにはあいあい傘が書かれていた。少々つたない文字で、乱造と明の――。
「誰よ、こんなことしたのは!」
 あたしは拳を握りしめながら叫んでいた。
 ひどい……。これじゃ明はさらし者じゃない!
「へぇー、乱造とあきらかー」
「釣り合わなくね?」
「ちょっと男子! からかうんじゃないの!」
 部長のゆりさんがびしりと仕切る。
「だってよぉ……おもしれーじゃん」
「そうそう。それに、あきらだって乱造が相手ならいいんじゃね?」
「バカだね、アンタ達。明には岡村くんと高野くんがいるのよ」
「うわー、恋多き女じゃん、あきらー!」
「金谷ー。言えば言うほど自分の首締めることになるからやめれば?」
「うっるさいわね!」
 ゆりさんが明に近付いた。
「ね? あんなバカども相手にしない方がいいわよ」
 明は震えている。よっぽどショックだったのだろうか……。
「ふ、ふふふふふ……」
「あ、明……?」
 明は笑っているようだ。何だろう。怖い。
「みんな……犯人には心当たりがあるから安心して」
 明の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいたが、目は笑っていなかった。
「それ! 校庭に突撃ー!」
 え? 校庭に何があるの? ――とニブイあたしは思ってしまうわけで。明はすでに行ってしまった。
 ガラッ。
 乱造がやってきた。
 あたしはパニックになって声が出ない。

 ゆりさんがぺたっと黒板に張り付いた。
「どうした。ゆり」
 玲瓏と――という表現がぴったりの声で乱造が声を発した。
「な……何でもないの……あは、あは、あは……」
「いいからどけ!」
「い……嫌よ」
「いいから!」
 ゆりさんと乱造さんはそのままにらみあっていた。やがてゆりさんは折れたのか――
「……明、ごめん!」
 と言いながら黒板から離れた。
「――なぁんだ」
 と乱造さんは呆れているようだった。平然と黒板消しで黒板を拭く。たちまちあいあい傘はなくなった。
「それにしても誰のイタズラ?」
「さぁ……」
 あたしとゆりさんは顔を見合わせた。
「連れて来たわよ、犯人」
「離せー、明のブスー!」
 ゆうくんが明に首根っこを掴まれて入ってきた。
 え? 犯人って、――もしかしてゆうくん?
「んだよー。せっかくあいあい傘にしてやったのに怒るなよー」
「アンタのは悪ふざけって言うの! ゆうのやつ、のん気に校庭で遊んでたのよ」
「小学生はあそぶのが仕事なんだい! あそんでてどこが悪い!」
「開き直らないでよね。さぁ、乱造さんにごめんなさいしなさい」
「やーだね!」
 ゆうくんは舌を出した。
「じゃあ、ミント、アンタからもお願いして。もうあんなイタズラをしないように」
「え、でも……」
 でもも何もないじゃない。ゆうくんは明を困らせた。それについては、謝らせないと。
「ゆうくん。明と乱造さんに謝りなさい」
「……ミントまでそう言うのかよ」
「だって、明も乱造さんも真剣なのよ。茶化していいはず――ないわ」
 それにあたしもね――今でも乱造さんのこと、好きは好きだし。千春さんには敵わなくとも。
「あーあ。明が乱造とくっついたら、ミントが完全にフリーになると思ってたのになっ」
 やけくそのごとくゆうくんが言う。すると明がツッコんだ。
「やぁね。岡村か高野とデキるかもよ」
「えー、そんなのやだ! ミントはオレの! 岡村や高野にもわたさないっ!」
 あたしは――。
 胸がズキーンとした。
 ゆうくんは小二なのに……もうあたしのこと渡さないって言ってる! それは子供がお気に入りのおもちゃを取られまいとしているのと同じ――だけど。
 あたしは……こんなに自分の気持ちに正直になったことがあるだろうか。今だって、明の目を気にしてまだくすぶっている乱造さんへの恋心を隠そうとしている。
「ゆうの言っていることは気にすることないわ。もちろん、あたしのことも気にする必要ないの。わかった? ミント」
 気を使ってたのバッレバレ?
 あたしは少し冷や汗が出て来た。そういえば今日は暑いな……。
 そういえば、乱造さんは?
 乱造さんはそしらぬ顔で原稿を黙々と片付けている。
 うーん。乱造さん、やっぱりちょっと冷たい人かも。でも、綺麗だなぁ……。
「ゆうくん、あたしね、乱造さんが好きなの」
「えっ?! ウソ?!」
 男子がまたざわつき出す。
「ミントのこと狙ってたのによぉ……」
「俺は……ミントはふわふわのお嬢様だから、中学生になるまで告白しないと決めていたんだ……」
「岡村と高野が出て来るたびはらはらしてたのに……こんなダークホースが来るとは……あんまりだ!」
 三人組の男子がわっと泣き伏す。同じクラスの人――塩村くんも混じっている。
 うわぁ……あたしって自分の知らないところで意外とモテてたのか……。
 感心してる場合じゃない。塩村くん達が傷ついたのなら、ゆうくんもきっと――。
 想像してた通り、ゆうくんも涙をぼろぼろこぼし始めた。
「何でだよぉ……オレだってミントがすきだよぉ……すき……」
 あたしはちょっと冷めていた。みんな、幻想に恋し過ぎ! あたしもだけど!
 あたしなんか、あなた達が思うほど純粋じゃない! お嬢様でもない! だって……男同士のキス、見てしまったんだもの……本でだけどさ。
 そしてちょっと……胸の奥がうずいたんだ。きゃー! あたしの変態!
 早く手袋うさぎ読んで切り変えなきゃ! ピュアな心を取り戻さなきゃ! あたしは乱造さんのところへ避難した。
「乱造さん。手袋うさぎ見せて」
「――手伝うんならいいけど」
 やった! 乱造さんのそばに行くと、墨のいい匂いがする。墨の匂いって、嫌いじゃないんだよね、あたし。
「明も来ない?」
「あ……あたしはいい……」
「どうして? あたし達友達でしょ? 遠慮しないの!」
 さっきと立場が逆になってる。でも、明は乱造さんに叶わぬ恋をしてしまった同士だもんね。
「だって、あたし、不器用だから、きっと乱造の原稿汚しちゃう」
「明は不器用じゃない。だって、あんなに幻想的な絵が描けるんだもの」
「ゴムかけ、やってくれるか? 明」
 乱造さんの言葉に明はしゃちほこばりながら頷いた。――そして……あたし達は明が消しゴムを強く動かしたせいでびりっと無残に破られた生原稿を見るのである――。

2013.10.16

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