Minto! 28

 勉強会も終わりあたし達は高野家を後にした。
「また来てくださいね」
 高野くんのお母さんは上品な微笑みを浮かべて言う。
「はーい」
 そう言ったのは明だった。
「またね、高野」
「さようなら。明、ミント、岡村」
 高野くんは玄関まで出て手を振った。
 この頃、暗くなるのが早くなってきた気がする。秋の日はつるべ落としとはよく言ったものだわ。
「どうする? 明、ミント。送ってくか?」
「ええ? いいよぉ。すぐ近くだし」
 岡村の申し出を明は断った。
「だって……明達に何かあったら姉貴に怒られんの俺だし」
 あ、そういうこと。
「ここもちょっと物騒になってきたし」
「だから、大丈夫だよ。行こ、ミント。じゃあね、岡村」
 明とあたしは岡村くんと別れた。
 明ママの作ったご飯を食べて、やっと一人きりになることができた。
 さてと……どうしようかな。
 あたしは机に向かった。勉強じゃない。お父さんとお母さんに手紙を書くのだ。
『拝啓 お父さん、お母さん』
 あたしは手紙を書き出す。
 何から書こうかな。
 西澤家のみんなは優しいから心配いらないです、とでも書くか。あ、そうそう。岡村くんと高野くんという友達ができたことは書かないとね。
 でも――乱造さんのことはどうしたらいいかな。
 友達。うん、乱造さんのことはいい友達……。
 そこであたしは涙がじわっと出てきた。
 だって――乱造さんは千春さんのことが好きで……多分、とても大好きで……。
 今まで平気だったのに、悲しくなってくるのはどうしてだろう。
 千春さんとなら祝福できる。そう思っていたはずなのに……。
 あたし、少しナ―バスになってるんだ。
 外へ出よう。
 庭に出るとブランコが目に入った。
「ミャー」
 ミ―コが鳴いていた。あたしはそっとミ―コを抱き上げた。ミ―コは嬉しそうにまた「ミャー」と鳴いた。
 励ましてくれてるのかしら。――そんなわけないか。ミ―コは猫だもんね。
 それでも……心はあったかくなってきた。
「ミント」
 明の声だ。あたしは振り向いた。
「明……」
「ちょっと風に当たりたくてさ――ミントも?」
「う――うん……」
「ミ―コも来てたんだ……すわろ、ブランコ」
 明のすすめるままにあたし達はブランコに乗った。隣に座った明がブランコを揺らす。
「外、まっくらになっちゃったね……」
「うん……」
「あたし、岡村か高野を好きになれれば良かったなぁ……」
「――そうだね」
 岡村くんも高野くんも、いい人だ。
 でも、明の好きな人は乱造さんで――。それは急に変わるものじゃない。
 それに――明が岡村くんか高野くんを好きになったら、それはそれでもめそうだし……。
 ああ、やだっ!
 だから、あたしは恋は中学になってからしようと思ってたのに……。
 でも、こういうのって理屈じゃないよね。
 あたしは……いや、あたし達は、そろって失恋したのよね……。
「ねぇ、ミント。乱造さん、諦める?」
 あたしはちょっと考えて――それからふるふると首を横に振った。
「だよねー。あたしもちーちゃん相手なら諦めようかと思ってたんだけど……でも、つらくて……」
 勝ち気な明の目にも涙が浮かんだ。
「ごめん、ミント。泣かせてね……」
「うん……」
 いいよ。明。泣いても。あたしも泣くから――。
 明があたしに抱き着いた。びっくりしたミ―コがあたしの膝からひらりと飛び降りる。あたしは明の頭をなでた。
 あたしができることと言ったら、それぐらいしかないから……。
 そこへ――。
「おい、何してるんだよ」
「ゆうくん……」
「明ー。泣いてるヒマがあったら手伝えよー」
「ゆう……アンタが……手伝えばいいじゃない……」
 明がしゃくりあげながら言う。
「何だよ……しつれんでもしたのか?」
 ゆうくんが訊く。明は答えない。
「ま、しゃーねぇな。――これはひとつ貸しにしてやる」
 ゆうくんは走り去った。
「全く……生意気なんだから……」
 だけど、少し落ち着いたらしく、すんすんと鼻を啜った。
「ねぇ、ミント。ゆうってどうしようもないヤツだよね」
「え――あ……そ、そうかな……?」
 本当にどうしようもなかったらもっと明のことからかっていると思うんだけど――。
 ゆうくんはそっとしておいてくれた。それだけでも立派な弟じゃない。
 きょうだいのいないあたしには羨ましいな。岡村くんのお姉さん、千春さんのような存在も……。
 あ、だめ。また涙が……。
「ミントも……泣いてるの……?」
 あたしはこくんと頷いた。
「あたし達、失恋したんだよね。……その時は平気でも、後からじわじわ来るよね……」
 ――あたしと明は泣きに泣いた。大声こそ出さなかったが。
 明ママは来なかった。ゆうくんが事情を話したのだろうか……わからないけど、多分そんな気がする。
 明とはケンカばかりしてるゆうくんも、本当は優しいから――。
 ねぇ、お母さん。失恋したことある?
 お父さんが初恋の人だとしたら、それはそれで幸せなことだけど。でも、初恋は実らないっていうからなぁ……。
 いつか聞かせてね。お母さんの恋の話。あたしは黙ってそれを聞くから。
 お母さんだって、お父さんと会って幸せになったんだから――。
 あたしもいつかいい人に巡り合って結婚できたらいいなと思う。お父さんもお母さんも大好きだもの。あたしも好きな人と家庭を作りたい。
 もちろん、それは手紙には書かないけれど――というか、書けないけれど……。
 明のことは書きたいな。もちろんプライバシーのことは考えてだけど。
 自分のことしか考えていなかったあたしにいつも通り接してくれた明。
 あたしは――明のこと、親友だと思っている。もちろん、勝手にだけど。
 乱造さんの家には必ず行こう。明と一緒に。
 たとえ乱造さんがあたし達のこと単なる友達としか見てくれていなくても。
 あたしも手袋うさぎは大好きなままだから。手袋うさぎを描く乱造さんも大好きだから。

2013.9.7

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