Minto! 27

 今日は、高野くん家で勉強会。今解いているのは算数の問題。あたし達はちゃぶ台を囲んで勉強をしていた。
「ああ! もうやだっ! 三角形の面積なんてもとめたくないッ!」
 ――真っ先に根を上げたのは明だった。
「こんなもん人生の何の役に立つのよッ!」
 そういう考えだから解けないんだと思う――そう言いたかったが、あまりにも失礼なのであたしは口を閉ざしていた。
「ミントもそう思うでしょ?!」
 わっ! 今度はこっちに矛先が来た!
「まぁまぁ」
 高野くんがなだめに回る。
「気持ちはわかるぜ、明」
 と、岡村くん。
「俺だって何で勉強しなきゃなんないのか、わかんねぇもんな」
「岡村、君まで……」
「だって、俺達、高野のように頭よくねぇもん。な、明」
「うん」
「まぁねぇ……僕も疑問に思うことがなきにしもあらずだけど」
「だろ? 高野だってそう思うだろ?」
 岡村くんは身を乗り出した。
「でも、今は僕達は小学生とはいえ学生なんだから、勉強はしておくべきだと思うよ。何にしたって無駄なものはないんだから」
「ちっ。高野まで説教かよ。姉貴も成績優秀だから、できないヤツのことまでわかんないんだとさ。それも含めて自慢の姉貴なんだけど」
「ちーちゃんはすごく頭いいからねぇ」
 と、明が言った。
 ちーちゃん――岡村くんの姉、千春さんのこと。
 確かに千春さんだったら学校の勉強なんてお茶の子さいさいって気がするなぁ。あくまでイメージだけど。
「千春さんに少しでも近づきたいなら、宿題だけはちゃんとやっておこうね、岡村」
「ちぇっ。わかったよ。――この文章問題はどうやって解くんだ?」
 岡村くんが高野くんにきく。
 すごいなぁ、高野くん。岡村くんをやる気にさせちゃったよ。
「岡村、君は計算は得意だから、文章問題の読解力がついたら怖いものなしだよ」
「どっかいりょく……?」
「文章を読んで理解する力のことだよ。国語の力もつけないとね。こういう風に他の教科の力も必要とする場合があるから、がんばろうね、岡村、そして明」
「おう」
「うん……そうだね」
 おお、岡村くんと明を説得してしまったよ、高野くん。さすが中学受験を受けようというだけのことはある。
「ん? どうしたい? ミント」
 高野くんはあたしが見つめているのに気がついたようだった。
「いや、高野くん、さすがだなぁと思って……」
「この宿題のことかい? 塾だともっと大変だよ」
「塾?! 高野くん塾通ってるの?!」
 でも、考えてみるとちょっと納得。
「親が行けっていうんだよ。まぁ、僕も勉強は嫌いでないから従っているんだけどね」
「『僕も勉強は嫌いでない』……なんつーイヤミなヤツ!」
 岡村くんが唇を尖らせた。
「今日も塾があるんだよ」
「ふぇー、大変なんだ」
 明が感心したように言った。
「僕は大変だと思ったことはないけどね」
「あたしはやだよ。勉強は学校だけで充分」
「そうは言うけどね、ゆとり教育のせいで学校しか行ってない人とと塾にも通っている人との学力の格差が広がっているんだよ」
 うわー、がくりょくのかくさ、か。
 何となく意味はわかるけど……あたしは明をそっと見やった。
 案の定わけがわからない、という顔をしている。
「つまりね」
 高野くんは白けた空気を読んだのか、あわてて付け足した。
「学校だけだと勉強は遅れてしまうんだ。だから、塾に通う人は増えているんだよ」
「なぁんだ、初めからだったらそういえばいいじゃん」
「でも、俺バカだから勉強はしなくていい」
「うん。あたしも」
「おう。明。高野が私立とやらに行っても俺達の友情は変わらんぜ」
「うん。岡村。あたし達はずっと仲間ね」
 やれやれ。美しい友情だこと。
 高野くんは笑いを噛みしめているらしい。あたしはしっかり見てしまった。
 ノックの音がした。
「さぁさ、皆さん。おやつですよ」
 高野くんのお母さんがやってきた。初めて会った時と同じように髪を和風に結いあげている。さすがに着物は着てなかったけど、和服着たらものすごく似合うと思う。
 明ママがふわふわした美人なら、高野くんのお母さんは折り目正しい麗人って感じ。
「ありがとう。お母さん」
「ありがとうございます」
「ありがとう。高野のおばさん」
 高野くん、明、岡村くんの順で礼を言う。
「あ……ありがとうございます」
 あたしもおずおずと言うと、高野くんのお母さんはにっこりと笑った。
「いいんですよ、ミントちゃん」
 あれ? あたしのこと、愛称で呼んでくれた。初対面の時は『水無月さん』と呼んでいたのに。
「あ、み、ミントって……」
「あら、いけなかったかしら」
「あ、いえ。嬉しい……です」
「博之がいつもお世話になってますわ。ミントちゃんの話もよく聞かせてもらってますの」
 高野くんのお母さんが品の良いほほえみをきれいな顔に浮かべた。
 ふぅん――やっぱり高野くんて、お母さん似なんだな。高野くんも顔立ち整ってるし。
 お菓子はようかんとオレンジジュースだった。
 これって何? わ、わ……。
 そうだ! 和洋折衷だ。和洋折衷って感じ。
「うまそう。いただきまーす」
 岡村くんがようかんを口に入れて幸せそうに、
「おいしーい!」
 と満足げなセリフを叫んだ。
「こら、岡村。もうちょっと行儀よくしなさい」
 明が釘を刺す。
「だってほんとにうめぇんだもん」
 岡村くんは口をもごもご。
「良かった。気に入ってもらえたようで。まだまだありますからね。貴史くん」
「うん。ありがと、おばさん」
「では、食べ終わったら呼んでくださいね。他にも何かあったら遠慮せずに相談に来て構いませんから」
 高野くんのお母さんは部屋を出た。
「このようかん、高いんだろ?」
「うん。僕のお母さん、お店で買ったお菓子しか出さないから。このようかんも『なずな』っていうお菓子屋さんで買ったんだよ」
「へぇー、高級品じゃん」
 明が感心したような声を出す。
 確かにようかんはおいしかった。甘さひかえめでくどくないし。ジュースもほどよく冷えてて舌に心地良かった。

2013.8.20

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