Minto! 25

「そっか……乱造はちーちゃんが好きなんだ」
 明がほっとしたように言った。
 学校の屋上である。あたしは、明にも知る権利があると思ってつい教えてしまった。
「ちーちゃんだったら……諦められるな」
「そうだね……」
 千春さんは大人だもんね。あたし達小学生から見れば、中学生は立派な大人よ。
「そうかそうか」
 上から声がした。
 屋上から一段高くなっているところから、岡村くんが顔を出した。
「乱造は俺の姉貴が好きなんだな」
「岡村……いつから……」
 明の声が険しくなる。
「おっと。最初に俺がここに来てたんだぜ」
「じゃあ、もっと早く『ここにいるよ』と知らせても良かったんじゃない?」
 明の言うのももっともだ。これじゃわざと聞いていたと思われても仕方がない。
 しかし、そういえば乱造さんも立ち聞きしてたんだよね。昨日。
「俺の方が先に来てたんだよ。こっから追い出す権利もそっちにはねぇだろ?」
 岡村くんは口が上手い。
「う……そりゃ、まぁ……」
 明がたじたじとなっている。
 でも、盗み聞きは良くないよ。例え、友達でもだ。
 内緒話してるな、と思ったらどこかに消えるか、『俺もいるんだけど』と一言いうのが礼儀ってもんじゃない?
 あたし達はいいけど、乱造さんの秘密はこれで岡村くんには知られてしまったわけだ。
 岡村くんが下りて来た。
「ご……誤解しないでね、乱造さんは千春さんの教えてくれた手袋うさぎが好きなんだからね」
 あたしは乱造さんの為に弁明する。
「で・も。乱造が姉貴を好きなのには変わりないんじゃね? 乱造は姉貴も手袋うさぎも好きなんだろ」
「――うん、まぁ……」
「いいよ。ごまかさなくても」
 岡村くんはぴたぴらと手を振った。
「姉貴は乱造に取られるのかぁ……まぁ、きょうだいで結婚はできないからな。明で我慢するよ」
「どういう意味よ―」
「うわぁっ!」
 岡村くんは明の攻撃を避ける為に頭をかばう。なんか……楽しそうだな。
 良かった。明が元気になって。
 決して許したわけではないけど、ちょっと岡村くんに感謝!
 乱造が本当は千春さんが好きだ、という事実も明の心を軽くしたのかもしれない。友達のあたしと争わなくていいから。
 あたしも明とぎくしゃくなんてやだからね。
 乱造さん。
 あたしに心の秘密を打ち明けてくれてありがとう。
 あたしの初恋は見事に散ったけど――。
 もう恋なんてしないなんて……これは、お母さんがよく歌っていた槇原敬之の歌だけど――言わないよ、絶対。
 恋してたあたしは――間違いなく幸せだったんだから。これは強がりじゃないわ。
 恋はまだ早い、中学からかな、と思ってたけど、あたしも恋をできるということがわかったから。
 ありがとう、乱造さん。
 アシスタントにはちゃんと言ってあげるからね。
「ねぇ、明」
「何? ミント」
「土曜のアシスタントには来るわよね」
「あったり前よー。乱造だって心変わりしてミントを襲わないとも限らないもの」
「乱造さんはそんなことしないってば!」
 あたしはつい大声で怒鳴った。まだ乱造さんのことが好きだから。そんなことする人とは到底思わないもの。
「冗談冗談。何ムキになってんのー?」
 明の赤いリボンがひらりと翻る。風が出て来た。
「そろそろ授業よ。戻ろうか」
「そうだね」
「俺、フケるわ」
 岡村くんが言った。明が岡村くんの耳を引っ張った。
「だめ。アンタも来るの」
「あだ、あだ」
「小学校が義務教育だからって、甘えちゃだめよ」
「俺、勉強嫌いだもーん!」
 屋上の扉が開いた。高野くんだ。
「何してんのさ、三人とも。先生カンカンだよ」
「ほらー、岡村のせいで遅れたー」
「ええっ?! 俺かよ!」
「ごめんね……あたしがあんなこと言わなければ……」
「ミントは関係ないよ」
 明が元気づけるように笑った。ああ、明は優しいな……。
 この間はあたしの嘘にも付き合ってくれたし。
 明ママとあたしのお母さんと同じように、明とあたしもいい友人関係が築けるかな。明ママとお母さんの関係ってあまりよくわからないけど。
 でも、明ママにあたしを託したくらいなんだもの。きっととても仲が良かったんだ。
 あたし、ここに来た時は不安だったけど……。
 今はいい友達が大勢いる。それって青春よね。
「行くよ―。ミントー」
「待って―」
 あたしはツインテールを靡かせながら駆け出した。

 あたし達は立たされた。授業に遅刻したせいだ。
「あたし達は自業自得だけどさ、アンタまで付き合うことないじゃない? 高野」
 明は高野くんの様子をうかがう。高野くんは笑っていた。
 高野くんは、
『西澤さん達がいなかったら、僕は屋上で居眠りする予定でした』
 と、言ったからだ。
 しかし、今時廊下に立っとれもないんじゃないかな。
 今の授業はいつもの担任ではない。いい人なんだが厳しい先生だ。えーと……なんて言ったかな。そうだ! 浜口先生だ!
 今回の授業に出れなかったのは痛いな……あたしは成績は悪くない方だけど、いわゆる集中型なのでいつも勉強の時間で知識を吸収するのだ。
 まぁ、そうがっかりはしてないけどね。明や岡村くんや高野くんがいるから。
「高野……アンタ付き合いいいわね」
「どうも」
「来年は中学受験でしょ? こんなところにいて大丈夫なの?」
「塾に行ってるからね」
 高野くんの口の端がほころんだ。
 へぇー、塾まで通ってんだ。大変だなぁ。
「どこだっけ。高野。おまえの志望校」
 岡村くんが訊いた。
「城陽付属中学校だけど」
「確か川崎も同じ中学目指してんだったな」
 川崎……真美さんか。同じ中学行くなら、もしかして二人の関係はもっと近くなるかな。それとも、別々の人を好きになるか。そしたら、今の真美さんの想いはどこへ行くんだろう……。
「僕は公立中学もいいなと言ったんだけど、親が私立行けってせっつくからね」

2013.5.22

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